「何か飲む?」
 彼は、突然そう言って、道路近くにある小屋を指差した。するとそれだけで何かを察したのか、中から男が出てきて、傘を差し、こちらへと歩いてくる。わたしは、目を丸くして、彼を見た。彼は、ニヤっと笑いながら、その男に手招きをする。そして男がすぐ側へやってくると、
「ビア・シン」
 と言った。慌てて、わたしも、と言うと、男は頷いて小屋へいそいそと戻って行く。そしてすぐに両手いっぱいにビアシンを持って来ると、明らかに相場よりも高い値を彼にふっかけ、彼も彼で、言い値プラス、チップを支払ってしまった。
「……ぼったくりよね」
 憮然として言うと、彼は、クスクス笑って頷きながら、男から受け取った缶を4本、間のテーブルに置いた。
「まぁね。でも、今日は商売上がったりだろうし、そうしたくもなるよ」
「平気? その辺のレストラン以上、あなたは支払っちゃったと思うわ」
「だけど、このロケーション、飲むのに最高だと思わないか? 確かに、せっかくの南国の景色にはグレーのフィルターがかかっているし、土砂降りの雨。その代わり、周りには殆ど誰も居ない。見てご覧、今となっては、見渡す限り、人っ子一人居ない」
 言われて見回してみると、小屋の管理人は置いておいて、本当に、誰一人として、ビーチには居ない。息をするものは、わたし達と、離れた寝椅子の下で、雨宿りをしている野良犬ぐらいだ。
「何か、気分良くてさ。ちょっとの上乗せぐらい、払ってやってもいい、と思ったんだ」
 そう楽しそうに言いながら、彼は、わたしに、ビールを1缶寄越した。大きな缶。500ミリリットルぐらい入っているだろうか。プルタブを起こして、軽く彼と乾杯すると、わたしは、一口飲んでみた。思ったよりも冷たい。缶自体も冷えに冷えていて、口を長くくっつけていたら、唇が引っ付いてしまいそうなほど。でも、確かに、美味しかった。だだっ広い砂浜と、水平線の見える海が、今は貸し切り状態で、わたし達の目の前にある。しかも静かで、波と雨の音が混ざり合った、心地よい水の音に囲まれてもいるのだ。
 二口目を飲み始めると、さっきまでの、喉の渇きがぶり返してきて、わたしは、ゴクゴクと、それを一気に半分以上飲んでしまった。