わたしは、レストランの中央の、その自分のテーブルで、ソファに深々と身を沈めると、目の前のコーヒーカップに視線を落としたまま、周りの様子を窺っていた。

様子、って、見なくても感じられるもの、だと思う。

食器の擦れ合う音や、テーブルとカップの底が触れ合う音。
わたしにはよく聞き取れない、隣席で繰り広げられている、英語での男女の会話だって、その間合いや笑い方、沈黙の長さを聞くことはできるのだし。

それに、ほら、今。

その隣席の男性が、ため息をついたと思ったら、急に黙っちゃって。
そして、椅子が少し軋む音がした。それから、ふわっと、男性用のオードトワレの匂いが、急に、鼻をくすぐる。食器たちが、微かに、テーブルの上で踊る。そして、豊潤な果汁が滴る、熟した柔らかなフルーツを食べているような、そんな音がしている。

わたしは、さらに身を沈めた。
目の前には、カプチーノの入ったカップ。そこには、泡をかき混ぜるための、シナモンバーが突っ込んだままになっている。本当は、かき混ぜたら、そのままソーサーの上に出してしまうものなのかもしれないけれど、わたしは、そのままにしておくのが好きだ。

そのレストランには、どの席からでも確認しやすいように、天井から、幾つもモニターがぶらさがっていて、そこに、搭乗手続きの時間や行き先、ゲートナンバー情報などが、随時流れている。わたしは、それに時々目を配りながら、黙々と、カプチーノを飲んでいた。

と、いきなり、わたしの視界に、ゴツゴツとした、男性の手が飛び込んできた。
咄嗟に、わたしは、彼の手を思い出してしまって、自分でも驚くほど、動揺した。