彼は、店を出て、ゆっくり、ゆったり、優雅なほどのスピードで、歩き始める。
街の喧噪とは、逆方向に向かって、歩いて行く。

あのシミュレーションはどこへやら。
折角、客待ちをしている、無数のトゥクトゥクも、素通りで。
まるで、催眠術にかけられているかのよう。
どうやら、自分が思っているよりも、酔っぱらってしまっている。
自制心とか、すっかり効かなくなってしまってる。
わたし、好奇心とか、欲求とか、そういう、剥き出しの気持ちに、動かされている。

彼は、相変わらず、のペースで、どんどん歩いて行く。

わたしが、後ろから付いてくるかどうかなんて、気にしていないように、ずんずん行く。
けれど、わたしが付いてきているだろうということは、何故だか、彼は知っているような気がした。
彼の背中が、わたしを受け入れているように感じる。
不思議な背中。
不思議な彼。
不思議なわたし。
お酒と、温い風と、ナンプラーの匂いと、おじいさんのピアノ。
それらが、一緒くたになって、わたしたちの周りをぐるぐるとしている。

ーー不思議な夜。

その夜が終わるのか、始まろうとしているのか、それも、まだ分からない。