そんなふうに、のんびり考えているうちに、いつの間にか演奏が終わって。皆と一緒に、わたしも拍手した。それからも、次々、お客のリクエストに応えながら、次々と、その男性は弾きこなしていく。
中には、譜面も見ずに即興で弾く曲もあった。その度に、お客達は賞賛の拍手で男性を包み込む。それは、幾らお客が入れ替わっても、変わらなかった。
時折、お客と軽口を叩きながら、男性は、指軽やかに、鍵盤をなぞるように、曲を奏でていく。その男性のピアノには、決して派手なパフォーマンスはないけれど、人を引き込む、人を惹き付ける力があった。
そんな楽しい演奏も、そろそろお終い、の時間になってしまった。
今、男性は最後の曲を弾いているところだ。

時計を見ると、午前0時を回ろうとしているところだった。
窓の外は、相変わらず。
それどころか、わたしがうろうろしていた頃よりも、にぎやかになってきていた。

ピニャコラーダは空っぽ。バーボンも、とっくに空っぽ。
急激に眠くなってきて、思わず、欠伸をかみ殺す。


「出ようか」
そう言われて、初めて、わたしは、目の前の彼と、ほとんど何も話していないことに気がついた。

ピニャコラーダの訳、さえ聞いていないのだ。
ずっと向き合って座っていながら、ほとんど黙って、ピアノを聞いていただけ。

わたしは、別に、一人だけそこに残っても良かったのに、自動的に、彼に続いて立ち上がると、彼の背中を追っていた。