「さぁ、早く!」
 ジルが、わたしの肩を抱いて、小走りに車へと急いだ。
 やっとのことで車内に逃げ込んだ時には、二人とも、もうずぶ濡れで、水滴が滴り落ちるお互いの姿を見て、同時に、吹き出した。
「これは、夢?」
 わたしは笑いながらそう言った。
「……であることを祈るよ」
 ジルも、苦笑しながらそう言うと、髪をかきあげる。そして、ぺったりと額に貼り付いている、わたしの髪をも、そっと、かきあげてくれた。わたしも、自分の顔の周りの髪を払い除け、そして、ジャケットを脱いだ。ジャケットもドレスも、ぐしょぐしょ。スカートの裾を絞ったら、きっと、大量の水分が出て来るだろう。ジルは、ジャケットを受け取ると、バックシートにそっと置いた。
 雨は、さっきよりも激しさを増していた。
フロントガラスの向こう側に、まるで、滝でもあるかのようだ。今すぐに車を動かすことは、危険そうだ。
 ジルは、エンジンをかけることも、ワイパーを動かす事も諦めて、シートに身を埋めた。
 わたしは、少し肌寒くて、自らを抱きしめた。その様子に気付いたのか、ジルが、ハンカチを出して、まだ水滴の残るわたしの肩や顔を、そっと拭いてくれる。そのあまりに優しい拭き方に、何だか気恥ずかしくなってきてしまって、わたしは、途中からそのハンカチを受け取って、自分で、拭いた。
 俯きながら、首筋を拭く。
 車内というその狭い空間、逃げ場の無い空間の中で、わたしは、緊張し始めているようだった。さっきまで寒かったのに、顔から上は、上気している。辺りが暗くて、顔がよく見えないことが救いだった。