「……ジル」
 勇気を出して、肩に付いてしまったマスカラのことを、白状した。
 すると、ジルは、笑いながら、わたしの顎に触れて、顔を上に向かせた。そして、すぐ大真面目な顔をして、自分のハンカチを出すと、それを少しだけ水で濡らして、わたしの目の下を、そっと、拭き取ってくれた。
 そして、じっとわたしと見詰め合って。しばらくして、堪えきれなくなったのか、プッと、吹き出した。まるで、にらめっこみたい。
 何だか、可笑しくて、わたしも、思わず、吹き出した。

 店を出て、車までの間、やっぱり飲み過ぎたのか、足下が覚束なくて、何度も転びそうになっては、ジルに助けてもらわなくてはならなかった。
 足下どころか、体中の力が抜けるようだった。
 何とか車に着いて、わたしは、バックシートの方へ乗り込んだ。できるだけ、広い空間が欲しかったのだ。シートに座って、すぐに、ハイヒールを脱ぎ捨てた。そして、シートにもたれ掛かって目を閉じた。このまま、眠ってしまいそう。
 でも、勿体なさすぎる。夜のドライブを、寝て過ごすなんて。しかも、バックシートで、独り。だなんて。
 欠伸をかみ殺しながら、うーん、と伸びをした。
 ジルは、運転席で、ハンドルにもたれ掛かって、黙ったまま、外を見ている。
 ちょうど、レストランの仄かな灯りが見えて、それが辺りを幻想的に照らし出している様子が、とても綺麗だった。それをぼんやりと見詰めていると、瞼が、どんどん重くなってくる。そして、とうとう、わたしは、眠り込んでしまった……。