ジルは、ウイコの部屋と繋がるそのドアを、じっと見詰めたまま、窓枠に腰かけていた。着替えは、ものの5分もかからなかった。この暑さで、ジャケットに腕を通すのは気が引けるけれど、仕方が無い。何故かそういうレストランに予約を入れたのは、自分なのだから。
 何を気張っているのだろう?
 ……それにしても、暑い。
 彼は、せっかくしたばかりのタイを取ると、シャツのボタンを3つほど外した。少しマシになった。じきに日没で、それ以降は、風が吹くと肌寒いぐらいだろう。自分で運転して行くから、アルコールも入れないつもりだし、シャツがちょうどいいかもしれない。
 相変わらずドアをじっと見詰めたまま、さっき、ベッドで起きた出来事を、反芻していた。これで4度目だ。思わず、片手で口元を覆った。
 自分でも、大胆な挙に出たと思わざるを得ない。どうしてあんなことができたのだろう。別の誰かが自分に入り込んで、それが僕を動かしたのだ、と思いたかった。思い出すだけで、顔が熱くなって、口元が緩んでしまう。5度目。
 途中に割って入った、あの電話が悔しい。と同時に、助かった、という念も拭いきれない。一体自分は、あの電話が無かったらどうするつもりだったのだ? まさか、じっと、あのまま寝ているだけでは済まなかったはずだ。欲求が理性を超えていただろう。
 ジルは、思わず身震いをした。ウイコが元恋人に組み伏せられていた場面が、唐突に、フラッシュバックしたのだ。あれを見たときの、自分の衝撃は、今までに経験したことのないほど強いものだった。気持ちを互いに確認し合ったわけでもなく、抱き締めたこともなく、キスもしたことがなく、もちろん抱いたこともない女に関して、こんなにショックを受けるだなんて、それこそがショックだった。