「こっちの方が、気に入った?」
 ジルは、そう言いながら、わたしの向かい側に座った。
「……わたしの部屋のもステキだけど、このベッドは、また別格よね」
「僕は、最初は、飾りがついた鬱陶しいベッドだと思ってた」
「本当に?」
「うん……。でも、こいつを外したら……」
 と言いながら、ジルは、天蓋を一纏めにしてあったタッセルに手を伸ばして、さっと外した。すると、スルスルと、蚊帳がベッドのまわりを覆い尽くした。
「何だか、落ち着くだろ?」
 ジルの言葉に頷きながら、わたしは、その場を見回した。
 ぐるりと、クリーム色のシフォンに覆われて、そこは一層静かになったような気がした。ベッドリネンも、ピロウも、クッションも、ベージュ色。そして、ジルとわたし。余計なものが目に入らない、とてもシンプルな世界。現実の世界も、こんなにシンプルだったらいいのに、と思った。ふと、昼間に見た、仕事のメールを思い出してしまった。

 ジルが、おもむろに、どさっと寝転がった。伸ばした手が、わたしのすぐ側にある。触れるか触れないかのところ。
 あまりに唐突なことで、思わず、ドキッとしてしまった。
 じっと上を見たままの、憂いを含んだジルの瞳が、たまらなく、わたしの胸の中をかき乱す。どうして、そんな表情をしているの。何が、あなたの心を鬱いでいるの。そう訊きたいのに、声が喉から出て来ない。
 ジルは、とうとう、目を閉じてしまった。
でも、わたしは、何だか、ホッとする。そして、遠慮なく、ジルの細かなディテイルを観察した。陽に灼けた肌、髪。彫りの深い目元、高い鼻筋。厚い唇。そして耳たぶには、金色の小振りのピアスが、3つ連なっている。華奢に見えるけど、意外に厚い胸板。長い腕。細い手首と指。その先についている、形を整え、綺麗に切り揃えた爪。その全てが、どうしようもなく、わたしを惹き付けている。