「……危ないところでしたね」
 ガイが、運転しながら、そう言った。わたしは、ルームミラー越しに頷く。
 そしてまた、微妙な沈黙が続いた。ホテルを出てから、ずっとこうだ。
 あの後、すぐに部屋にやってきたのは、警備員ではなく、ガイだった。
 ガイに荷物を頼んであるというわたしの言葉を覚えていて、ジルは、ガイがすぐにやってくるだろう、と察していたのだった。
「でも、ジルさんが助けに入ってくれて、良かったですよね」
 ガイが、再び口を開く。けれど、ジルは、相変わらず、窓の外を見たまま、片手で口元を覆って、動かない。口を開こうともしないし、こちらの会話に耳を貸しているのかどうかも、わからない。仕方なく、わたしは、また、ルームミラー越しに、微笑んで、頷いた。
 チラとジルを見ると、その表情は、深く、物思いに耽っているようだった。
 ガイが帰って、部屋にスーツケースを運び込んで、二人きりになってからも、その表情は変わらなかった。
「僕は……、僕の部屋は、実はこの隣なんだ。その姿見で隠れてるけど、そこにドアがあって、コネクティングルームになってる。こちらだけに鍵がついてるから、都合が悪いときは閉めておいてくれていいよ」
 わたしは、慌てて、大きな姿見を立てかけてある壁を見に行った。
 すると、その後ろに、ドアがあって、ジルの言うように、鍵がついていた。今は、閉まった状態になっている。
 ジルもいつの間にかわたしの後ろに居て、そして、その鍵を開けた。ドアノブを回すと、そこに、もう一つ、部屋が現れた。
「どうぞ」
 ジルの言葉に従って、わたしは、部屋に入ってみた。大きさは同じぐらい。けれどそちらの部屋は、リゾートホテル然としたインテリアだった。わたしの部屋よりも、もう一回り大きな窓、そして、豪華な天蓋付きの、キングサイズはありそうなベッド。ソファもテーブルも、バンブー素材だ。窓が開かない、というのは同じのようだった。
「ステキなベッド……」 
 近づいてよく見てみると、そのベッドは、まるで南国の姫君が使いそうな、細かな部分にまで贅を尽くしたものだった。溜め息をつきながら、思わず、腰かける。それだけで、気分はお姫様ーーというぐらい、それは現実離れしたベッド。おとぎ話や映画の中から抜け出て来たかのようだった。