わたしは、少しだけ、先を急いた。
 この状況の中で、最大限。
 注意深く、前のテールランプとの距離を測りながら。
 そして、やっとのことで、彼に追いついた。
 通り過ぎざまに、チラと、バックミラーに目を遣る。

 突然、ステレオの音が、戻って来た……気がした。
 多分、気のせい。
 だって、雨音は相変わらずだし、エンジンも、エアコンも、すごくうるさい。
 それなのに、この曲が、その音が、すんなり、わたしの耳に滑り込んで来れたのは、きっと、彼を見たせいだ。
 つまり、追い抜きざまに見た、彼は。わたしの、遠い記憶の中に、その曲と、しっかりと、結びついているヒトだった。