「……いない、の?」
警戒しながら部屋の中央辺りまで進んだが、人の気配はない。
何だ、まだ帰ってきてないみたいじゃない。
だったらどうして、扉は開いたの?
戻ろうかな、と彼女は呟く。
「あんな俺様で自分勝手な奴なんかに血を捧げたくないし。何が〝俺のもの〟よ。魔王だからって調子に乗らないでよね」
言いながら、ももは来た道を戻ろうと振り返る。
「結構な言い様だな」
すぐ傍から聞こえる、少し低い声。
「―――っ」
驚きのあまり、声が出ない。
薄暗闇から、静かに奴は姿を見せる。漆黒の髪。深い蒼の瞳と、鮮やかな紅の瞳。
片青眼は少女をじっと見つめている。
「ほ、本当のことでしょ。いきなり此処に連れてきて、閉じ込めて……私に拒否権はないとか言って、勝手なことばかりじゃない」
彼女は必死に魔王を睨みつける。
「――お前は面白い奴だ。他の奴は俺を恐ろしいと口を閉ざし、必要最低限以上の言葉は言わないというのに。上級魔族でもない、むしろ〝ただの人間〟が俺に口答えをするなんてな」
冷めた瞳は相変わらずももを捉えている。
「私があなたの〝もの〟だなんてこと、私は認めない。他の者たちがいくらあなたに素直に従おうと、私は従わない」
弱さを見せつけまいと、彼女は強い眼差しを消さない。そんなももの様子に、魔王、エルはすっと目を細めた。
それはまるで、何かを試そうとしているかのような瞳だ。
「俺は確かにお前を〝気に入っている〟。だがな――」
少女の顎を掴み、ぐい、と引き寄せる。
「あまり口数が多いと、いくら〝お気に入り〟だろうと、俺は構わず殺す」
鋭く、冷たいその瞳に、たじろんでしまいそうになる。
――逃げ出しちゃダメだ。
拳を握りしめる。唇を噛み締め、再びももは魔王を睨みつけた。


