主人とネコ(仮)




「……はあ」

―― もも様、これで八回目ですよ ――

「だってー」

少女がため息をつく度に、彼女と本はこのやり取りをする。
落ち着かないのか、ももは部屋の中を歩き回ったりしていた。

「アイツのところなんかに行きたくない」

また一つ、嘆息する。

―― 幸せが逃げますよ ――

「此処にいたら、幸せなんてないわ」

言いながら、ベッドに腰掛ける。そしてそのまま後ろに体を倒した。指先に本が触れる。

体の中がそわそわする。鼓動がさっきよりも速くなってる。
――行きたくない。血を飲まれたくない。それに……

―― もも様、扉が ――

その声に、体を起こす。振り返り扉に目をやった時、ドアノブが回った。静かな音を立てながら、扉は開かれる。

「……行けってことよね」

唇を噛み締める。シーツを握りしめる。鼓動が、一層速くなる。
俯いて、彼女は最後にため息をつく。

「私から奪った幸せを、返してよ」

それはとても小さな声だった。顔を上げる。強い眼差しをしていた。
ベッドから降り、膝元を軽く手で掃う。

「行ってくるね」

そう言って、扉から一歩踏み出す。左には暗闇が広がり、右には灯りでともされた廊下がある。

……逃げようかと思ったけど、床があるかもすらわからない暗闇の中になんて入りたくないわ。

強い眼差しを消すことなく、彼女は歩き出した。