主人とネコ(仮)




扉をノックする音に、少女はハッと我に返る。気づかない内に冷や汗が流れていた。

「もも様、食事をお持ちしました」

グレイがトレイに夕食を乗せ、部屋に入ってくる。

「あ、うん……。ありが、とう」

声がうまく出せない。指先が震える。古びた本を落とさないように、手に力を込める。

「? 顔色が良くありませんね。どこか体の具合でも……」

「ううん、大丈夫。大丈夫だから」

「……そうですか?」

「うん。ほんと、気にしないで」

彼は怪訝そうな瞳をももに向ける。

「まあ、この後エル様のもとへ行かなければならないので、緊張する気持ちもわかりますが」

「あ、行かないといけなかったんだ……。忘れてた」

その言葉に、グレイは眉を寄せる。

「うわあ、おいしそう!」

まだ少し震える手でスプーンに手を伸ばす。

落ち着け。落ち着け、私。でないと、変に心配される。

――振り向かないほうがいいよ。

「………」

――可哀想に。

あの声は、幻聴? それとも、本当に誰かがそう言ったの?
だとしたらあの時、私以外に……誰かがいた。

「もも様?」

「っ……な、何でもない」

考えちゃいけない。混乱してしまうから。だから、気を紛らわさないと。

「いただきまーす!」

スープを一口飲む。それはとても美味しくて、優しい味がした。