この半年の間で、私は彼を「レン」と呼ぶようになっていた。
しだいに、人前では苗字で呼び合うことに、ひそかな違和感を覚えるようになっていった。
そしてその違和感が大きくなるにつれ、悲しい優越に浸った。
「レン」
「マーヤ」
私たちはせまいベッドの中で、互いの名前だけを繰り返す。
他のすべての言葉を忘れたように。
そうなることを願っているように。
私たちにとって、あの小さな部屋の外は、忘れてしまいたいことで溢れている。
惹かれれば惹かれるほど
傷つくことはわかっていた。
だけど彼と離れることなど
もう考えられなかった。
「――いらっしゃいませ~!」
威勢のいい声が響き、ハッと我に返った。
「5名様、12番テーブルにご案内お願いします」
インカムで店長に指示され、私はあわてて仕事の顔に戻る。
位置のずれていた帽子を直し、早足でドアに向かった。
入ってきたのは、若い女性客の5人組だった。
けっして派手ではない、だけど垢ぬけた雰囲気のグループ。
「いらっしゃいませ。
お席にご案内――」
――口を開けたまま、声が出せなくなった。
驚愕のあまり膝をがくがくと震わせていると
「黒崎さん、久しぶり」
と、さやかさんが微笑んだ。