「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」

私が、もう少し気をつけていさえすれば

あなたは今も元気で私の傍らで生きていてくれたかも知れないのに


そんな思いにかられて、私は、私を責め続けました。



それは、あなたが最も望まない事であることを

誰よりも私は知っているにもかかわらず

それでも私は

私を責めることを止めることは出来ずにいました。



私はただ、小さく丸まって、あなたに、


先に死んでいったあなた達に、悔いることしかできないでいたのです。





「お母さん、幸せやったと?」


小さな

でもあなたが好きだった写真立ての中で

お父さんと一緒にほほえんでいる遺影に向けて

私はそんな言葉で、問いかけずにはいられませんでした。



「写真立ての中のあなた」は

あまりにも無防備に、幸せの光を放ち

私の佇む空間を照らしだしてくれました。



あなたの答えは私の耳には、聞こえてはいないけれど


例えば、窓から差し込む柔らかい光の

例えば、一輪挿しの花の花弁の

小さなささやきとなって、心に届いてきたような気がします。



「おかあさんは、一生懸命生きてきたと。

だから今は、すっかりと、悔いなんてない気がするとよ。

それよりも、あんたの幸せをいつでも、どこでも、誰よりも、願っとっとやけんね。

ご飯ば、ちゃんと、食べとおと?

あんたは、ことに好き嫌いを言うとやけん。

お母さん、心配でならんばい・・・」




死があなたの姿を隠してしまったとしても

あなたは、どんな時も私の母であることは変わりはないのですね。