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「最近さ、眠れてないみたいなんだよなぁ」

白い紙を蛍光灯の光に翳して一人言ちた壱弥に七恵が首を斜めにした。

「誰が?」

「芽衣が」

器用な動きでペンをくるくると回しながら即答され、七恵が更に首を斜めに傾ける。

しかし壱弥は椅子の背もたれに寄りかかってただ何か虚空を眺めるように進路希望調査書と書かれた紙を眺めているだけだ。

なにが言いたいのかと七恵が思いあぐねていると、背後から「書き終わりましたか?」と声がかけられた。

七恵が文句たらたらといったぶすくれた表情で振り返る。

どこか困ったように眉を下げて腕を組んで立っているのは、B組の担任である春日聡だった。

春日は今年で教師歴三年目の若造だが、東大卒で担当教科の数学以外にも古典や地理にも詳しい上に真面目で有能だと教師陣からの信頼厚く、しかし生徒のどんな些細な質問や悩みにも真摯に向き合ってくれる非常に人気のある教師だ。

そんな彼が今最も頭を悩ませているのが、目の前の生徒二人の進路についてだった。

「まだです。つーか、先のこととかまだよく考えてないんで書けません。せんせー代わりに書いてください」

「こら、瀬川君。君の進路なんだから君が決めないと駄目ですよ」

考える事すら投げ出そうとする壱弥を春日がやんわり諭す。
だが壱弥はそんな春日を一瞥しただけで、すぐに話題を変えた。

「ていうか、水谷先生はどこ行ったんですか?七恵、C組でしょ」

「あ。それあたしも思ったー。なんであたしの担任いないの?」

便乗する形で質問され、春日は言葉に詰まった。

「み、水谷先生は、ですね……今日は用事があるとかで、その、さっき帰」

「社とデートか」

「デートだよ、絶対。うっざ」

春日の下手な嘘を見破って壱弥がうんうんと訳知り顔で頷くと、七恵が舌を出して嫌そうに手を振る。

やり辛い空気に、ゴホンと春日が咳払った。