「くだらねぇ。帰るわ」


女に向かって吐き捨てるような言葉を浴びせ、

今度こそ何のためらいもなく、俺は女に背を向けた。



「また、来てね」


そして、歩き出した俺の背中で、女の声がした。

その声だけで、まだあの余裕の笑みを浮かべていることが容易に想像できる。



「二度と来ねぇよ」


俺は、その声に反応することなく、無音の声を空気の中に紛れさせ、

そのまま、もと来た道を足早に進んでいった。



まったく。

とんだ寄り道だ。


酒を買いに出てきたというのに、そんな気分はすっかり消え失せ、

少しの迷いもなく、俺の足は真っ直ぐにアパートへと戻っていった。




――その日の俺の睡眠は最悪だった。



“また来てね”だと?

フザけたこと言ってんじゃねぇよ。


最後に頭に響いた、あの女の声が張り付いて、そのたびに妙なイラつきに襲われ、

俺は、なかなか寝付けない夜を過ごすこととなった。



……そう。

この時の俺に残っていた感情は、どうしようもなく、やり場のない苛立ち。


ただ、それだけ。

それだけだった。



あの時、桜の花びらが微風で舞い散る中、俺の声に振り返った女を……


濡れて輝く、月下の艶やかな黒髪を

吸い込まれそうだという思いを抱いた、あの瞳を……


ほんの一瞬、美しく感じたことなど、

当然、覚えているはずもなかった――