「ごめん。今日も早く帰らなきゃダメなんだぁ」


あたしには、カラオケなんて行っている暇ないのだ。


「えー? たまには行こうよぉ? 北清水学園の男の子達も一緒だよ?」


北清水学園っていうのは、うちの学校の近くにある男子校。

イケメン率が高いことで評判らしい。

でも……


「パス。みんなで楽しんできて」


あたしは鞄を手に取ると、勢いよく立ち上がり

「じゃね」

そう言って、足早に教室を出た。


校門前には、うちの生徒を待っているっぽい、男の子達が数人いた。

私立桜谷女子高等学校、通称……“チェリー”なんて名前で呼ばれる学校。

あたしが通うその学校は中学から大学までエスカレーター式のいわゆるお嬢様校の部類に入る女子校。

制服が可愛いだとか、実際に可愛い子が多いだとか、学校の名前を言うだけで、男の子受けもかなり良い。

そのせいか、こんな風に校門前に男の子達が出待ちをしているのは、よく見る風景。


だけど今のあたしにはそんなこと関係ない。

あたしは男の子達の前を素通りして、家まで徒歩15分の通い慣れた通学路を駆け抜けた。

爽やかな5月の風があたしの頬をくすぐる。


あたし、小菅日向(コスガヒナタ)16歳。高2。

ルックスも勉強も…何もかも、中の……中ってとこ。

どこにでもいるような普通の女の子。

でもあたしには遊んでるヒマなんかないの。

だって、カラオケよりもイケメンよりも、あたしの心を掴んでいるものがあるんだもん。

それは……


「ただいまー」


家につくなり、二階の自分の部屋に駆け上がる。

制服も脱がずに、まずはパソコンの電源をスイッチオン!


ウィーン……

パソコンの立ち上がる機械的な音が静かな部屋にじわじわと響く……。

その間に、制服を脱ぎ、愛用のパーカーワンピに着替える。

いったん部屋を出て、キッチンでアイスティーを入れ、グラスの中の氷をカラカラ鳴らしながら、もう一度自分の部屋に入る。

グラスを机の上に置き、イスに腰掛けて深呼吸……。


この瞬間から、あたしは“小菅日向”じゃなくなる。