「幸せを呼ぶクマ?」
「私、体が弱くて、赤ちゃんも諦めなさいって言われてたの。でも、今は元気になって、こうしてお腹

に赤ちゃんがいるわ。この子のおかげなのよ?」

妊婦さんの言葉に、思わず膨らんだお腹を見る。
本当にそうだとしたら、ご利益?はあるのかも。

「あの、いいんですか? 幸せを呼ぶなら、ずっと持ってた方が…」
「この子に幸せをもらったら、旅に出さなくちゃいけないの。私はお腹の子を授かったから、それでも

う十分。それにほら、欲張りすぎはいけないもの」

旅する幸せを呼ぶクマ。
思わずトランク片手に歩くクマの姿を想像しちゃった…。
それにしても、幸せになったらクマを誰かに譲らないといけないのか。
妊婦さんの前にも幸せになった人がいて、それで妊婦さんに渡したって事だよね?
どれだけクマの旅が続いてるのか分からないけど、最低2人は幸せにした。
ウソかホントか分からないラッキーアイテムよりは、本当に幸せを呼んでくれるかもしれない。

「……じゃあ、私、この子もらっていきます」
「ありがとう、嬉しいわ」

妊婦さんは本当に嬉しそうに笑って、私の手にクマを乗せてくれた。

「まずは、この子に名前をつけてあげてね? ネクタイで分かると思うけど、この子は男の子なの」
「あ、はい」
「後は…この子、ちょっとマイペースだから、怒らないであげてね?」
「え?」

テディベアがマイペース?
思わず尋ねようとした時、少し離れた所から声が聞こえた。

「咲」
「あら、あなた」

声を掛けてきたのは、妊婦さんの旦那さんらしい。
優しそうな雰囲気の人で、お似合いかもしれない。
旦那さんはこっちに歩いてくると、ひざ掛けを妊婦さんに掛けて私に笑顔を向けた。

「いらっしゃい」
「あ、こんにちは」

私は手提げ袋とクマを手に立ち上がった。
買い物は済ませたし、長居をしてもお邪魔かもしれない。

「それじゃあ、ありがとうございました!」
「いいえ、こちらこそ。…元気でね」

元気でね?
なんだか違和感の残る挨拶だけど…ま、いいか。
私はぺこりと2人に頭を下げて、フリーマーケットの会場から出た。