俺のところまで走って戻ってきた。
「あ、ノブのケータイに入ってた電話帳とメール履歴、全部消去しといた」
「な…………」
「用事あったら、向こうからかかってくるでしょ?今のノブにはそのくらいしないと、勉強に集中できないわよ。じゃあ、おやすみなさい」
脱兎の如く、茉莉子は闇に消えていった。
その姿は………例えて言うならば、草原を走る少女、いやいや、“悪女”のような………。
一体、何だったんだ?
しかも、“ノブ”とか勝手に呼んでるし。
夢か?
この纏わりつくような熱帯夜だから、現実に近いだけの浅い夢なんだ。
そうだ、きっとそうだ。
それにしても嫌な夢だ………悪夢だ………。
ケータイの画面を開き、電話帳キーを押す。
すると、画面には“茉莉子”の文字だけが浮かぶ。
何処を押しても、茉莉子以外の文字は、電話帳に無かった。
「あいつ………本当に消しやがった………」
俺は、人差し指でケータイを勢いよく閉じた。
ジーンズのポケットからタバコを取り出し、ライターに火を点けようとするが、カチカチと火花が出るだけで点かない。
「くそっ!!」
地面に100円ライターを叩き付けた。
こんな熱帯夜な時、女と一晩中溶けるほど戯れたい気分なのに………。
メモリ消されちまったんじゃ、連絡のしようがねぇじゃねぇかよっ!!
「帰って、寝直すか………悪夢だ、悪夢」
そう言って、俺はケータイ握り締め、アパートまで歩いていった。



