私の呼びかけに、
三津鉢の情報に違わぬ風情の若い男が、慣れた所在で玄関に姿を現した。


「すっげ!庭変わってねーと思ってたら、玄関も変わってねー!」


入ってくるなり周辺を見回し、飾ってある花瓶をためらいもせずに大雑把につかんで持ち上げた。


そして、上機嫌に、ニカっと笑った。




「孝市郎お坊ちゃま!!!」


我が家で1番の古株家政婦であるチヨが、悲鳴に近い声を上げて、
男に駆けより、すがりつくように手を握った。



「あっは!チヨも変わんねーじゃん、マジすげー。
元気してたかぁチヨ」


「お帰りなさいませ。
おかげさまでチヨは元気でございます。
生きている間にまた孝市郎お坊ちゃまにお会いできるとは感謝感謝でございます。
まぁまぁ、すっかりたくましくなられて…」


70をこえた老婆は、涙を浮かべ、その若い男がまるで仏であるかのごとく敬い、男の手をなで続けている。




「松園寺孝市郎…」

久地梨がつぶやくようにその名を口にした。



億は下らない我が家の花瓶を無造作に扱える人物などそうはいまい。



松園寺孝市郎(コウイチロウ)。


正真正銘、
我が松園寺家の長男、

私の実の兄である。





松園寺孝市郎。

22歳。


181センチ、筋肉質で日に焼けた身体に、
へたったTシャツと破れたジーンズを着ていた。


あごの無精髭にマダラで痛んだ茶髪。


日焼けした肌ゆえ、それほど悪目立ちはしないものの、右の頬骨あたりに3センチくらいの古い切り傷がある。



手首には色あせて汚れたミサンガがくくりつけられていた。

切れてもなお結びなおし使っている。
確かヒモが切れたら願いが叶うという代物ではなかったか…?



玄関先には大きなリュック。



まだ見ぬ「自分」を、世界を徘徊して探している夢遊病者のような男だ。








それは5年前、私が初等部1年のときだった。