違和感。

そう、確かに兄は6年前、大きなケガをしていた。
入院も数週間に及んだ・・・はずだ。


5、6年前の記憶が、ところどころ抜け落ちてしまったかのように、ほとんど映像が浮かばない。
それよりもっと幼い頃のほうがまだ、思い出せることもある。



兄の事故のこと。
そう聞いて、ハッと思い出すくらい、
とにかく、すっかり記憶から抜け落ちていたことに、驚いた。


なぜ忘れていたのだろう・・・考えこむ私に、

『まだ君は幼かったからほとんど覚えていなくても仕方がないと思うよ』

と、管理人はフォローを入れてくれた。
それから、静かな声で続けた。


『6年前の、10月だった。孝市郎と、僕と、・・・っ…頼地が、山で事故にあったのは・・・』

管理人は、ためらった。
一人の名前を呼ぶことに。
穏やかな茶色がかった瞳が微細に揺らめいた。


名前に、聞き覚えがあった。


そうだ。

兄と一番仲の良かった、悪友の名前・・・


天島 頼地(テントウ ライチ)


ラグビー部ゆえ、大柄で、たくましく、男っぽい人物だった。
スポーツマンのリーダータイプで、将来は警察官になりたいと言っていた。


兄と2人で馬鹿騒ぎしては、親に叱られ、いつも周囲を心配させていたのだ。
事実は知らないが、幼い私の目には、天島頼地が一番の仲良しに見えていた。




兄は6年前、高校生のとき、友人と山に登り、一週間遭難したことがある。

兄と、文城綾人(管理人)と、天島頼地の3人で。



幼い頃から仲の良い3人は、思い立つままに連れだっては遊びくれていた。

ちょうどその頃の3人のブームがアウトドアだったため、必然的な流れで本格的な山登りに繰り出したのだ。


上級者向けの登山道を、無謀にも素人の3人で。



十分な装備で挑んだとはいえ、素人だった。


過信か不運か。とにかく自然は甘くはなかった。

悲惨な事故が起こった。


切り立った山の斜面を滑落したのだ。




管理人の話を聞くにつれ、記憶が、たぐられていく。





そうだ、生き残ったのは、兄と管理人の2名だけだった。