【長編】ホタルの住む森


「それで、茜は…やはり消えてしまったんだね?」

陽歌は首を横に振り、自分の胸を指して微笑んだ。

「…え? まさか…本当に? じゃあ茜はまだ君の中に?」

「ええ。私あんまり我が儘を言うから逝けなかったみたい。また困らせちゃったけれど、我が儘も時には役に立つものね」

クスクスと笑う陽歌に、晃は何かを思い出したように「そう言えば…」と言葉を繋いだ。

「茜は検診のたびに小児病棟で捕まってたよね。なかなか帰してくれない子がいて、大学の帰りに迎えに行くと約束の時間より必ず30分は待たされていた記憶があるよ。…あれは君だったんだね」

陽歌は自分の我が儘が二人に迷惑を掛けていたことを思い出し、頬を染めた。

「あの時はごめんなさい」

「いいよ。その我が儘のおかげで茜は逝けなかったんだろう?」

晃はクスクスと笑いながら陽歌を抱きしめると、胸に耳を押し当てた。

思いがけない行動に陽歌は慌てふためいたが、晃は全く動じず、目を閉じて陽歌の鼓動に耳を傾けていた。

「…こうして安定した胸の鼓動を聞いていると安心するよ。茜はもう二度と発作に苦しむ事無く、死の恐怖と戦うことも無く幸せになれる。…ありがとう陽歌」

陽歌は返事の変わりに、晃の頭を右手で包み込むようにふんわりと抱いた。

癖のある髪に頬を寄せ優しく撫でると、指の間をすり抜けてゆく茶色の髪が朝陽を受けて一層鮮やかな紅(あか)に染まる。

そんな事までが何故、こんなにも愛おしいのだろうと思った。