「真実の愛を見つけたんだ!」の後、逆断罪された王子を貰い受けまして。



帝国の宮殿に着いて最初の夜、ルシアン殿下は書斎に籠もりました。

与えられた客室は、拍子抜けするほど立派な部屋でした。幽閉用の塔でも、物置同然の小部屋でもない。窓からは庭が見え、寝台は柔らかく、机には真新しい文房具が揃っています。

「……拾われた割に、扱いがいいな」
「客人であり、候補者ですから。当然でしょう」
「候補者、なあ」

殿下は複雑な顔で机に向かいました。

課題は、セシーリア嬢への正式な謝罪文。一通の手紙です。

ちなみに、殿下の字は見事なものです。王太子教育の賜物で、流れるような美しい筆跡。それだけに、内容との落差が際立つ結果になりました。

一時間後、自信ありげに差し出された一通目を、私は読みました。

『セシーリア嬢。夜会での件、まずは驚かせてしまったことを謝りたい。あの夜、私は真実の愛という抗いがたい運命に導かれ、やむを得ずあの場で告白するしかなかった。ミモザの純粋な心に触れ、このまま形だけの婚約を続けることは、むしろあなたへの裏切りになると悟ったのだ。どうか、この決断が私にとっても苦渋のものであったことを、理解してほしい』

私は手紙を置き、微笑みました。

「却下です」
「なぜだ! ちゃんと『謝りたい』と書いただろう!」
「ええ、一行目だけは。――殿下、数えてみました。この手紙、『謝る』という趣旨の文は一行。事情の説明が九行。そして最後は『理解してほしい』。これは謝罪文ではありません。自己弁護文です」
「……自己、弁護」
「謝罪とは、自分の気持ちを相手に理解してもらうための文章ではないのです」

ついでに、言い訳の言葉も数えておきました。

「『運命』一回、『やむを得ず』一回、『苦渋』一回。殿下、謝罪文に運命を持ち出すのは禁止にしましょう。運命のせいなら、誰の責任でもありませんから」
「……細かいな」
「査定とは、細かいものです」

マルガレーテが茶を持ってきて、原稿をちらりと見て、静かに退室しました。扉の向こうで笑いを堪える気配がしました。あとで査定表に何か書き足しておくのでしょう。

二通目は、二時間かかりました。

『私は最低な男だ。愚かで、浅はかで、どうしようもない。王である資格も、人を愛する資格もない。こんな私を、どうか、どうか憐れに思って、許しの言葉を――』

「却下です」
「今度は謝り倒しただろうが!」
「謝り倒す、という言葉の通りですね。ですが殿下、これは同情を引くための文章です。読み手に『許してあげなさい』と迫っている。……同情を引くのも、言い訳の一種です」
「謝っているのに、なぜ駄目なんだ」
「この手紙を読んだセシーリア嬢は、殿下を慰めたくなりますか、それとも、慰めなければいけない気分になりますか」
「……後者、だろうな」
「謝罪とは、相手に仕事を増やすものではありません。読み手が、読んだ後に慰め役まで引き受ける謝罪は、謝罪の形をした負担です」

殿下は、腕を組んで唸りました。

「じゃあ、どう書けばいいんだ!」

殿下は髪を掻きむしりました。

「書き直させるだけなら、見本を書いてやれば早いだろう」

殿下が、恨めしそうに言います。

その通りです。私が書けば、十分で済むでしょう。ですが――。

私は、型を教えることはしませんでした。型を教えれば、この人は型を完璧に演じてしまうからです。踊りと挨拶を完璧にこなすように、謝罪の型も完璧にこなして、そして何も変わらない。それでは意味がない。

「見本は出しません。殿下の言葉で書いてください」
「……鬼だな、あんた」
「更生とは、そういうものです」

代わりに、一つだけ規則を出しました。

「相手のお名前と、相手が受けた傷だけを書いてください。殿下の気持ちは、一切禁止です」
「……気持ちなしで、文章が書けるのか」
「書けます。書いてください」

三通目は、真夜中過ぎに出来上がりました。

今度は確かに、自分の気持ちは消えていました。その代わり、こんな一文が紛れ込んでいたのです。

『なお、あなたも私を愛してはいなかったのだから、この婚約の解消は、互いのためになったはずだ』

私は、静かに首を振りました。

「殿下」
「……またか」
「『なお』から始まる文は、だいたい言い訳です」
「くっ……!」

没原稿は、三通になりました。

その時、扉が小さく叩かれ、年配の侍女が温かいスープを持って入ってきました。宮殿に長く仕えているバルバラという女性で、私の子どもの頃から世話をしてくれている人です。

「まあまあ、こんな夜更けまで。殿様、お顔が真っ青ですよ」
「……ああ、ありがとう。助かる」

殿下はスープを受け取って、それから、ふと手を止めました。

「なあ、あんたの名前を教えてくれないか」
「あら。わたくしはバルバラと申します」
「バルバラ。……ありがとう、バルバラ」

名前を呼んで、礼を言う。

無意識ではなく、意識してそれをしたのを、私は見逃しませんでした。

机の上には、書き損じの山。殿下は疲れ切った顔で、新しい紙をじっと見つめています。

その時、殿下がぽつりと呟きました。

「……気づいたことがある」
「どうぞ」
「一通目も、二通目も、三通目も。文の主語が、全部『俺』なんだな」

私は、少しだけ目を見開きました。

「……その通りです」
「セシーリアへの手紙なのに、セシーリアのことが、一行も書けてない。書きたいのは、俺のことばっかりだ」

殿下はペンを置き、天井を仰ぎました。

「――道理で、謝罪の点数がマイナス八十点なわけだ」

私は評価表を取り出し、余白に小さく書き足しました。

今日は、ここまでで十分です。




――本日の査定:謝罪、マイナス80点据え置き。没原稿、計3通。ただし特記事項。「主語が全部『俺』であることに、本人が気づいた」。