キスするくせに、彼氏じゃない。

私は彼の手元を見た。

鞄から少しだけのぞいている文庫本。

 

「歩くときは、しまってるね」

 

彼が一瞬黙る。

 

それから、ほんの少し目を細めた。

 

「言われたから」

 

胸の奥が、変にくすぐったくなった。

 

私は前を向いた。

 

信号が青に変わる。

並んで歩き出すと、彼の歩幅が、わずかに小さくなった。

 

気のせいかもしれない。

でも、急がなくても隣にいられた。

 

私は鞄の中のハンカチを思い出す。