キスするくせに、彼氏じゃない。

差し出したまま待つ。

彼は少しだけ迷ってから、受け取った。

 

「……ありがと」

 

その言葉を聞くのは、初めてだった。

 

私は小さくうなずいて、扉の上の路線図を見上げた。

いつもなら座れる時間帯なのに、今日は空席がなかった。

それでも朝ほど混んではいない。

つり革にも、自分でつかまれた。

 

瀬川くんは肩を軽く押さえ、ハンカチを見た。

端に、小さな青い花の刺繍がある。

 

「洗って返す」

「そのままでいいけど」

「濡れてるから」

 

今度は私が、彼の言葉に返事をなくした。

 

「……じゃあ」