世界でいちばん、君に届かない

 人間は、本当に驚いたとき、案外まともな反応ができないものらしい。

 昨日、久世朔夜くんに「好きだ」と言われた私は、「えっ」を繰り返した挙げ句、ようやく「ありがとう」と返した。予告なしに告白される授業なんて受けたことがないのだから、仕方がない。

 今朝もあの声を思い出し、頬が熱くなる。登校途中はいつもの道だったし、教室も昨日と変わらない。それなのに、久世くんの顔を思い浮かべただけで、見慣れた場所が少し落ち着かなくなる。

 ……いけない。普通の顔って、どうやるんだっけ。

「澪、おはよう」

 鞄を机に置いた侑芽が、私を見て眉を上げる。

「お、おはよう!」

「何、その不自然な元気さ」

「朝から元気なのは、いいことでしょ?」

「そうだね。で、何があったの?」

 さすが、二年以上の付き合いである。私の異変を察知する能力が、年々高くなっている気がする。

「実はね……」

 声を潜めると、侑芽も身を乗り出した。

「うん?」

「昨日、久世くんに告白されちゃった」

 侑芽の目が、眼鏡の向こうで大きくなった。

「…………ええっ!?」

「侑芽! 声!」

 近くの席の子たちが振り向き、私は慌てて笑顔を作った。

「久世くんって、あの久世くん!?」

「うん、あの久世くん」

「ほとんど女子と話さない、あの!?」

「久世くん、何人いる設定なの!?」

 侑芽は口元を押さえ、今度こそ声を潜めた。

「でも、そっか。最近、澪のほうを見てることがあったから」

「えっ、そうなの?」

「澪が笑ってるときとかね。気づかなかった?」

「全然……」

 久世くんの席はまだ空いていた。ほっとしてしまうのは、どんな顔で「おはよう」と言えばいいかわからないからだ。昨日までは、廊下ですれ違えば何の迷いもなく声をかけられたのに。

「返事は?」

「……まだ。急がなくていいって言ってくれた」

「久世くんらしいね」

 侑芽はそれ以上踏み込まず、机の上で曲がったプリントを直してくれた。

「……私、ちゃんと考えたいな」

 そう告げると、侑芽は優しく笑った。

「うん。それがいいと思う」