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早紀が、もう一人を受け入れた瞬間を、真理はまばたきもせずに見ていた。
二つの水が、渦潮のような力強さを持って、二人を引きちぎったように見えた時さえ、微動だにせず見つめ続けたのだ。
そして。
水の体内から、羊水と共に――早紀は、吐き捨てられた。
乱暴な出産シーンだった。
女が、ゆっくりと顔を上げる。
少し髪が伸びたが、それはまっすぐなまま。
だが、瞳が。
その瞳が、片方だけ濃紺に代わっていた。
暗いところでは、黒と見間違いうほどの暗い水の色。
身体の中の宝珠が、彼女の魂に深く食い込んだかのように。
人間の女が、生まれた女を貴沙と呼んだ。
女は応えた。
「早紀…」
その名を呼ぶ役は、自分だった。
振り返る女の顔は――まごうことなき早紀のものだった。
「あっと…あの…ただいま」
とぼけた、そして図太い娘。
ああ。
その瞬間の自分の心とやらは、不可解なものだった。
これが、『願い』とやらのせいか、と。
彼女が消えるはずなどないと、根拠なく理解していたというのに、いざ早紀の声を聞くと、信じられない安堵がよぎったのだから。
カシュメルの当主が、安堵などと――微かでも、願っていた証拠だった。
早紀であれ、と。
だが。
安堵の一瞬遅れで、不穏を感じていた。
この世界が、微かな揺らぎを見せたのだ。
女たちが気付かないほど、小さく小さく。
早紀と貴沙がひとつになったことで、世界の維持にヒビを入れたのか。
「帰るぞ…」
しかし、真理は急かなかった。
正確に言えば――急いたところで、帰り方など分かりはしないのだ。
最初から、命綱などなかった。
ただ。
鎧の言葉は、覚えている。
早紀が。
手を。
取る。
すべてが。
壊れる。
真理は、迷うことなく、深みを目指した。
鎧の言うところの――奈落へと。
早紀が、もう一人を受け入れた瞬間を、真理はまばたきもせずに見ていた。
二つの水が、渦潮のような力強さを持って、二人を引きちぎったように見えた時さえ、微動だにせず見つめ続けたのだ。
そして。
水の体内から、羊水と共に――早紀は、吐き捨てられた。
乱暴な出産シーンだった。
女が、ゆっくりと顔を上げる。
少し髪が伸びたが、それはまっすぐなまま。
だが、瞳が。
その瞳が、片方だけ濃紺に代わっていた。
暗いところでは、黒と見間違いうほどの暗い水の色。
身体の中の宝珠が、彼女の魂に深く食い込んだかのように。
人間の女が、生まれた女を貴沙と呼んだ。
女は応えた。
「早紀…」
その名を呼ぶ役は、自分だった。
振り返る女の顔は――まごうことなき早紀のものだった。
「あっと…あの…ただいま」
とぼけた、そして図太い娘。
ああ。
その瞬間の自分の心とやらは、不可解なものだった。
これが、『願い』とやらのせいか、と。
彼女が消えるはずなどないと、根拠なく理解していたというのに、いざ早紀の声を聞くと、信じられない安堵がよぎったのだから。
カシュメルの当主が、安堵などと――微かでも、願っていた証拠だった。
早紀であれ、と。
だが。
安堵の一瞬遅れで、不穏を感じていた。
この世界が、微かな揺らぎを見せたのだ。
女たちが気付かないほど、小さく小さく。
早紀と貴沙がひとつになったことで、世界の維持にヒビを入れたのか。
「帰るぞ…」
しかし、真理は急かなかった。
正確に言えば――急いたところで、帰り方など分かりはしないのだ。
最初から、命綱などなかった。
ただ。
鎧の言葉は、覚えている。
早紀が。
手を。
取る。
すべてが。
壊れる。
真理は、迷うことなく、深みを目指した。
鎧の言うところの――奈落へと。


