極東4th

 ドォン。

 音は──早紀の中で起きた。

 身体の中心で、何かが大きく動いたのだ。

 腹部の中心、いや、身体の中心から下が冷たくなる。

 早紀は、自分の下半身が、水に浸かっていることに気づいた。

 うまく動けないまま、握り合った手の向こうを見ると。

 貴沙は、上半分が水で覆われている。

 長い髪が、水の中を立ちのぼるように広がっていた。

 しかし、彼女の目もまた、早紀をしっかりと見ている。

 逆さまの二つの水の塊が――うなった。

 うなり、ひねり、巨大な水流となって、早紀を、そして貴沙をねじ切ろうとしたのだ。

 立っていられるはずがなかった。

 全身を粉々にする力が、身体を宙に舞わせて。

 腕が、一瞬で雑巾絞りのようにねじれたのを見た。

 手のひらだけが。

 熱かった。

 バシャンッ!

 次の刹那。

 水が、彼女を吐き捨てた。

 いや。

『私』を、吐き捨てたのだ。

『あたし、よ』

 思考に、訂正が入った。

 ああ、うん。

 それに、けだるく答える。

「き…さ?」

 おそるおそるかけられる声。

 葵がいる。

「なに? 辛気臭い顔しないでよ」

 唇が、勝手に動いた。

 自分の声か理解できないほど、力に溢れた音。

 葵は、目を潤ませて、自分の顔をおさえている。

「早紀…」

 背後で。

 背後で、名前を呼ばれた。

『私』の名前だ。

 ふり、かえる。

 静かな目が、『私』を見ている。

「あっと…あの…ただいま」

 いま、彼女の言える、精一杯の言葉だった。