窓は、開いていた。

 そして、風が微かに吹いていた。

 その風が、実は吹いたのではなく、連れてきた者がいたという事実を知ったのは、早紀が顔を上げた時で。

 涙まみれの視界の中。

 早紀は、舞い戻った魔女の足を見るのだ。

 ホウキから伸びる、綺麗な足を。

 飛び去ったはずの貴沙が、反転してきたのだ。

 ホウキは、降りてきた。

 そして、早紀を睨むのだ。

「貴沙」

 葵の呼び掛けを無視して、彼女は早紀に手を伸ばす。

「ああそう! あんたでもいいんだ!」

 胸ぐらを捕まれ、怒鳴られる。

「あんたでも、役に立ったのね! ああ、ムカつくわ!」

 何を怒っているのか。

 ゆさぶられながら、早紀はもう一人の自分を見るのだ。

 怒りの向こうに、悔しさが見える。

 役に――ああ。

 さっきの、葵の問いかけを、彼女は聞いていたのか。

 葵は生き延びたのか、という話だ。

 貴沙ではなく、早紀がいたのに生き延びた。

『私』がいなくても葵は生きられる。

 そこが、悔しいのか。

 本当に。

 本当にこの人は、私の真反対なんだと、早紀は思った。

 早紀は、お姫様になりたがった。

 だれか助けて、と。

 でも貴沙は、王子様になりたかったのだ。

 そして、葵を救いたかった。

 美しいけれども、衝動的で短絡な魔女。

「あんたを殺したら、どうなるの? あんたにこの珠を飲ませたら?」

 早紀の無反応ぶりが腹立たしかったのか、支離滅裂な事を言いながら、貴沙は珠を握ったままだろう拳を振り上げる。

 刹那。

 早紀は、笑ってしまった。

 存在が消えることは、とても恐ろしいというのに。

 殺されるという言葉は――塵ほども怖くなかったのだ。