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 貴沙は、行ってしまった。

 早紀の存在が気に入らないように、暴言の限りを尽くしてホウキで飛び去ってしまったのだ。

 残されたのは、葵と早紀。

 この世界に紛れ込んだ異端の早紀は、ただ泣いているしか出来なかった。

 これで、終わったのだろうか、と。

 もしも、本当にここが現実とつながっているのなら、貴沙はきっと珠を飲まないだろう。

 そうなれば、自分は生まれないのだ。

 真理との思い出も、自分としての意識も、全て遡って消えるのか。

 ああ。

 消えるなら、早く。

 こんな悲しくて辛い思いを、長い間味わわされるのは嫌だった。

 涙の海に溺れてしまう前に、早く首を切り落として欲しかった。

「あなた…泣き虫なのね。貴沙と反対だわ」

 ベッドに座ったまま辛い吐息をつきながら、葵はゆっくりと早紀に声をかける。

「ねえ、ひとつ聞いていい?」

 首の皮がつながったまま苦しむ早紀に、彼女は質問しようというのか。

 顔もあげられず、自分の両手に涙をため続ける。

「どのくらい未来に、あなたがいるかは知らないけど…そこで、私は生きてる?」

 泣きながら聞くその声は、普通に興味深い色をしていた。

 この女性は、窓辺に現れた貴沙を喜んで受け入れた変人だったのだ。

 それ以前に、自ら魔族を呼び寄せようとさえしていた。

 だから。

 早紀が悲しんでいようが、不思議な質問をするのである。

 声がうまく出せずに、しかし、早紀はうなずくことで答えた。

 自分が消えるまでの時間を、少しでも他のことでつぶすために。

「あ、そうなんだ…そっか」

 考え込む声。

 静かになる部屋。

 その静けさが、貴沙の出て行った時に開いたままの窓辺から入る、微かな風の音を際立たせた。

「そっか…結果的に、あなたが私に生きる力を与えたのね…きっと」

 ぽつり。

 呟かれたその音は──微かな風に乗ったように聞こえた。