極東4th

「彼女の力は、天の物ではありませんわ」

 頭の上で、会話が交わされる。

「そう…あれは海族用だからね。魔族が使うことは想定されていない。彼女の場合は、おそらく変異現象が起きたのだろう」

 あは。

 早紀は、壁に手をついた。

 そうしないと、立っていられなかったのだ。

 鎧が、昔こう言った。

 魔力が、折れていると。

 折れたところから、水は出ていると。

 折ったのは、珠。

 海族の、宝の珠。

 あの水は。

 自分のものではなかった。

 彼女に、海族の血など流れていない。

 謎の父親など、いないのだ。

「あは…ははは」

 ずるずると、壁をずり落ちながら、早紀は笑った。

 なんという。

 なんという滑稽な結末。

 私なんて。

 私なんて、いなかったんだ。

 早紀なんて、この世のどこにもいなかった。

 ここにいるのは、ただの貴沙の変異種。

「私は…君の中の珠を、返してもらいたい」

 伊瀬が、彼女を見る。

 自分を殺そうとしたのは――珠を取り返すため。

 これを返したら。

 貴沙に戻るのか。

 母の言う、『呪いが解ける』のか。

 そして。

 消えるのか。

 早紀という存在は。

 刹那。

 風が――巻いた。

 開いたままの窓に、昼の短い影が入る。

 見ていた。

 世界中が、早紀を否定しようとしている中。

 その、短い影を追い掛けてしまった。

「帰るぞ…早紀」

 冷えた風が――彼女の名を呼んだ。

 空に浮いたまま。

 人間にも、タミにも、海族にも目もくれず。

 いまにも床に落ちてしまいそうな、早紀を呼んだのだ。

 空気を、かきわけた。

 彼女は、無我夢中で両手を動かし、自分の身体を前に進ませる。

 空気さえ泳いで、早紀は遠く感じたそこへたどり着く。

「真理!」

 窓から飛び降りる勢いで――彼にしがみついていた。