極東4th

 き…さ。

 呼ばれた名に、早紀はよろめいた。

 それは――母の、産みの母の名前。

 あの、イデルグを翻弄し、海族の宝を奪った女。

「どういう…からくりですの?」

 動けないでいる早紀の横を、通り過ぎる黒い影。

 タミだ。

 これまで黙っていた彼女が、二人の間に割って入ったのである。

「貴沙と呼ばれた魔女は死んで…その娘が、この子ではありませんの?」

「違ったんだよ」

 質問に答えたのは――育ての母ではなかった。

 早紀は、更に割り込んできた者を見なかった。

 声で、分かったのだ。

「海族…」

 身構えるタミの声。

「いつか、来ると思っていた…」

 声が、早紀に向く。

 伊瀬だ。

 この病院は、海族の監視下の元にあったのだろう。

「あの魔女は、我らの宝を奪った…そして、自分自身に使ったのだ」

 足に、力が入らない。

 指先が、氷のように冷たくなって震える。

「我らの宝…裏返りの珠を」

 意識が、裏返りそうだった。

 世界のすべてを道連れに、何もかも消えてしまいそうだった。

「裏返りの珠は、元々、海族の鎧の継承者の能力が、偏らないようにする物」

 私は…。

「天と魔に対応するために、偏って生まれた場合、その珠を飲ませる」

 私は…。

「天は魔になり、魔は天になる…力が裏返る」

 私は…さ…。

「赤ん坊の時以外、海族でも使われることはないために、私もすぐには気付けなかった」

 私は…さき。

「あれは…裏返って生まれ直す珠なのだ」

 パキン。

 早紀の中で、プラスチックが割れたような音がした。

 裏返ろうとする力に耐え切れず、二つに割れる音。

 それが、いまの自分なのだと――音が教えてくれた。