極東4th

 病院。

 早紀は、その建物の前であっけにとられていた。

 そこは、前に真理に連れてこられた病院だったのだ。

 窓ごしに、育ての母を見た場所。

 既に、伊瀬にどこかに連れ去られたと思っていた。

 しかし、そうではなかったのだ。

「ありがとう…兄様」

 車に残る男に、タミは一言投げ掛けると、彼女は建物に入ろうとした。

 その手を、反射的に捕まえて止める。

「私たち…ま、魔族だし」

 唇に乗せる言葉は、自分自身の根元に突き刺さるものでもあった。

 いまや、逃れようのない事実だとわかっていても、口にするのは辛い。

「だから?」

 タミは、まったく理解していない。

「人間に近いと害になるんじゃ…」

 母親という餌に食い付いておきながらも、早紀は自分が母を弱らせた事実を、捨てきれずにいたのだ。

「……すぐに済ませれば、大したことではないわ」

 理解できないという響きを、タミの声は含んでいた。

 普通の魔族にとっては、そんなものなのかもしれない。

 それに。

 じゃあ、帰ろうと言われたら、一番躊躇するのは自分なのだ。

 本当かどうか分からないタミの言葉を握ったまま、早紀は病院へと足を踏み入れたのである。

 ナースセンターに寄ることもなく、タミはまっすぐに階段に向かう。

 いくつもの段を上り、いくつもの白い扉の前を通りすぎた。

 タミの足が。

 止まった。

 ひとつの扉の前。

 名札は、下がっていない。

 下がっていたとしても、早紀の記憶にはないのだ。

 照合しようがない。

 あ。

 タミが、一歩脇によける。

 彼女に扉を開けさせようというのか。

 冷たい冷たい金属の、横開きの取っ手。

 ノックをすることさえ――忘れていた。