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「なんで!?」

 早紀は、強い語気で真理の方を振り返った。

 興奮で赤くなった目を、大きく見開き彼を見上げる。

 責めている目だった。

「なんで!? どうして!? どうしてこんな酷いことをするの!」

 その拳が、真理の胸を一度強く打つ。

 下僕風情が、主をぶったのだ。

 だが、その事実をしっかりと認識するより先に。

「どうしてよぉ……」

 拳は震え、早紀の瞳から涙があふれ出す。

 空気さえも震わせるように、悲しみの波を外に向けて放つのだ。

 彼女にとって特別な存在を、あの男は連れて来てしまった。

 だが、人間を、ましてや海族を自分の屋敷に入れることなど、真理に出来るはずがない。

 それ以前に。

 何と言ったか。

 あの海の男は。

 早紀が。

 早紀が──

 真理は、震える彼女の手首を掴んだ。

 引き寄せる。

 そして、涙でぐしゃぐしゃに濡れた目を、上から覗き込む。

 この早紀が。

 真理の思考が固まるより早く、彼女に突き飛ばされる。

 不意打ちによろけている間に、早紀は門へと駆け出していた。

 後を追おうというのか。

 普段はぼーっとしているくせに、取り乱した時の彼女は手に負えない。

「おかあさん…おかあさん!」

 獣のように吠える彼女を、門から引き戻す。

 ふざけるな。

 真理には、考えねばならないことがあった。

 そして、早紀は他のどんな存在より、自分の方を向いていなければならなかった。

 その二つを、いまの彼女は台無しにするのだ。

 せっかく、母親のことをあきらめさせたというのに。

 せっかく、早紀は魔族になろうとしていたのに。

 青風情が──全て台無しにしてしまった。