極東4th

---
 早紀がいた。

 更に後方にタミがいたので、誰がこの女を屋上に連れてきたのかは、一目瞭然である。

 余計なことを。

 その上、早紀は彼を呼び捨てにした。

 初めてのことだ。

 名前を呼び捨てに、というよりも、彼の名そのものを口にしたのも、おそらくこれが初めて。

 ふらふらしていたはずの目が、しっかりと真理を映している。

 どうしてこう。

 真理は、目を細めた。

 どうしてこう、簡単に変わってゆくのか。

 また、昨日と違う女になった。

 何が彼女に、あんな目で名を呼ばせたのか。

 彼の思考は、動いた空気で邪魔される。

 甲斐だ。

 吹雪を止めたことで、彼は雪のマフラーから逃れていた。

 顔が傷だらけで血を流しているのは、自分の爪のせい。

 ここまできたのだ。

 邪魔が入ったからといって、この男も戦いをやめるはずなどない。

 だが。

「もういいから! イデルグさんちに、私はいかないから!」

 早紀が、大きな声をあげる。

 あの、誰よりも空気でありたがった女が。

 さすがの甲斐も、その声の方を見る。

 イデルグさんち。

 早紀らしい表現だ。

 その表現で、はっきりと息子たちに拒否の意を伝えようとしているのか。

 いや。

 早紀の目は、真理の方に向いていた。

 甲斐を拒否しているのではなく、真理にその旨を宣言しているようにも聞こえる。

 だから、こんなことはやめろと。

 さて。

 早紀の拒否を背に、真理は甲斐を向き直った。

 殺意は、ゆるやかに下降し始めている。

 だから、ここでやめてやってもいい。

 そんな目で、甲斐を見てやった。

「………!」

 彼の拳は、真理に向かって構わず繰り出されたのだ。

 ああ…そうだろうな。