「ああ、これはカシュメル卿…ご機嫌うるわしゅう」
猫の目を戻しながら、甲斐は声を振り返った。
棒読みに聞こえるのは、この男が真理を敬ってはいないせいか。
しかし、まだ早紀の手は離さない。
後ろ手に、確保したままだ。
「うちの憑き魔女に、何か用か、と聞いている」
真理が、怒っているのはよく分かった。
あー。
早紀は、どよーんとした気分を、胃の奥に味わわされる。
昨日の今日だ。
また余計なトラブルを、引き連れてきたと思われるに違いない。
今日のこれは違うと言っても、通じるとは思えなかった。
「ただの男女の話ですよ…父から聞いたでしょう?」
太くしっかりした声で、甲斐は真理を押し返そうとする。
父親──1stの存在を盾に。
一体、真理はイデルグと何の話をしていたのか。
奇妙な話の流れに、早紀は目の前の大きな身体ごしに、真理を見ようとした。
よく見えないが、足元の冷気が脛の辺りまで上がってきたのは分かる。
「その件は、丁重に断った…その上で、何か用かと聞いている」
声が、甲斐の盾を貫いたかに思えた。
早紀の手を握る指が、大きく動いたのだ。
「イデルグ家を、味方につけておいたほうが得策ですよ…」
咀嚼するように、ゆっくりと紡がれる言葉は、彼の手と連動していた。
おそらく、相当機嫌を損ねたのだろう。
早紀が顔を歪めなければならないほど、時折強い握力が押し寄せるのだ。
「鎧も持たぬ子供が…家を語るか」
真理の言葉は──とてつもなく辛辣だった。
瞬間。
早紀の手は離された。
その手が、大きな拳になる。
「やめとけ…馬鹿」
拳は。
振り出されなかった。
ホールの入り口に、甲斐によく似た男が立っていた。
猫の目を戻しながら、甲斐は声を振り返った。
棒読みに聞こえるのは、この男が真理を敬ってはいないせいか。
しかし、まだ早紀の手は離さない。
後ろ手に、確保したままだ。
「うちの憑き魔女に、何か用か、と聞いている」
真理が、怒っているのはよく分かった。
あー。
早紀は、どよーんとした気分を、胃の奥に味わわされる。
昨日の今日だ。
また余計なトラブルを、引き連れてきたと思われるに違いない。
今日のこれは違うと言っても、通じるとは思えなかった。
「ただの男女の話ですよ…父から聞いたでしょう?」
太くしっかりした声で、甲斐は真理を押し返そうとする。
父親──1stの存在を盾に。
一体、真理はイデルグと何の話をしていたのか。
奇妙な話の流れに、早紀は目の前の大きな身体ごしに、真理を見ようとした。
よく見えないが、足元の冷気が脛の辺りまで上がってきたのは分かる。
「その件は、丁重に断った…その上で、何か用かと聞いている」
声が、甲斐の盾を貫いたかに思えた。
早紀の手を握る指が、大きく動いたのだ。
「イデルグ家を、味方につけておいたほうが得策ですよ…」
咀嚼するように、ゆっくりと紡がれる言葉は、彼の手と連動していた。
おそらく、相当機嫌を損ねたのだろう。
早紀が顔を歪めなければならないほど、時折強い握力が押し寄せるのだ。
「鎧も持たぬ子供が…家を語るか」
真理の言葉は──とてつもなく辛辣だった。
瞬間。
早紀の手は離された。
その手が、大きな拳になる。
「やめとけ…馬鹿」
拳は。
振り出されなかった。
ホールの入り口に、甲斐によく似た男が立っていた。


