極東4th

「ああ、これはカシュメル卿…ご機嫌うるわしゅう」

 猫の目を戻しながら、甲斐は声を振り返った。

 棒読みに聞こえるのは、この男が真理を敬ってはいないせいか。

 しかし、まだ早紀の手は離さない。

 後ろ手に、確保したままだ。

「うちの憑き魔女に、何か用か、と聞いている」

 真理が、怒っているのはよく分かった。

 あー。

 早紀は、どよーんとした気分を、胃の奥に味わわされる。

 昨日の今日だ。

 また余計なトラブルを、引き連れてきたと思われるに違いない。

 今日のこれは違うと言っても、通じるとは思えなかった。

「ただの男女の話ですよ…父から聞いたでしょう?」

 太くしっかりした声で、甲斐は真理を押し返そうとする。

 父親──1stの存在を盾に。

 一体、真理はイデルグと何の話をしていたのか。

 奇妙な話の流れに、早紀は目の前の大きな身体ごしに、真理を見ようとした。

 よく見えないが、足元の冷気が脛の辺りまで上がってきたのは分かる。

「その件は、丁重に断った…その上で、何か用かと聞いている」

 声が、甲斐の盾を貫いたかに思えた。

 早紀の手を握る指が、大きく動いたのだ。

「イデルグ家を、味方につけておいたほうが得策ですよ…」

 咀嚼するように、ゆっくりと紡がれる言葉は、彼の手と連動していた。

 おそらく、相当機嫌を損ねたのだろう。

 早紀が顔を歪めなければならないほど、時折強い握力が押し寄せるのだ。

「鎧も持たぬ子供が…家を語るか」

 真理の言葉は──とてつもなく辛辣だった。

 瞬間。

 早紀の手は離された。

 その手が、大きな拳になる。

「やめとけ…馬鹿」

 拳は。

 振り出されなかった。

 ホールの入り口に、甲斐によく似た男が立っていた。