極東4th

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「早紀…オレの子を産まないか?」

 時間が──止まった。

 止まって当然だ。

 いきなり初対面の相手から、ありえない言葉が出たのだから。

 早紀は、ただ呆然と相手を見ていた。

「ああ、お前が憑き魔女ってことは知ってる…だから、オレの子だけ産まないか?」

 彼女の呆然を、どう解釈したのか。

 甲斐は、更に畳みかけてくる。

 要するに、プロポーズではないという意味だ。

 そんな意味が分かったところで、何の助けにもならないのだが。

 この人、頭おかしい。

 早紀が、ようやく掴んだ言葉は、それだった。

 軽い目まいさえ覚える。

 微かに暗くなる視界の中、あけっぱなしになっていた自分の口を、何とかきゅっと引き結んだ。

「悪い風にはしない…子が男なら、イデルグ家の跡取りにさえ、なれるかもしれないぞ」

 自信に満ち満ちた目が、早紀の目を覗き込もうとする。

 その中を、自分でいっぱいにして、心をむしりとろうとするのだ。

 だが、早紀の脳裏は、甲斐でいっぱいにはならなかった。

 真理の目の方が、百倍怖い気がしたのだ。

 ごくり、と早紀は生唾を飲む。

 自分が、言葉に足首を掴まれていないのを、ゆっくりと確認する。

 思ったより落ち着いていた。

 だから、こう言えたのだ。

「だって…あなた…双子でしょう?」

 刹那。

 甲斐の目が変わった。

 黒い瞳が、猫のように縦長になったのだ。

 開いた唇から、牙が見えた。

「勝つのはオレだ…オレにつけ」

 手首が、砕かれるかと思うほど強く握られる。

 変貌と痛みで、早紀が石像のように硬直した直後。

「うちの憑き魔女に…何か用か?」

 声とともに──冷気が足もとを流れた。