極東4th

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「打ちのめすと…いいのに」

 早紀がゆっくり顔を上げるのを、真理は見ていた。

 彼の吐いた、「手のかかる女だ」という言葉から、数分。

 真理が、続きの言葉を紡げずにいる時に、ついに早紀がその唇を開いたのだ。

 瞬間。

 イラッとする熱い感情が、真理の脳裏を掠める。

 そんなことを、手をかけさせた側に言われたことが、腹立たしかった。

 言わせた自分にも、苛立ちがあった。

 その勢いに任せて、ツカツカと彼女に近づいた。

 濡れた黒髪を強く掴み、強引に上を向かせる。

 突然の暴挙に、早紀は驚いたように目を見開いていた。

 瞳の中に、自分の目が映っていた。

 あらわになっている、額。

 憑き魔女の、証。

 こんなものがあるから、真理は振り回されるのだ。

 鎧を失えない。

 だから、早紀も失えないのだと。

 その丸い額に。

「……っ!」

 早紀が、痛みに身を竦めた。

 そうだろう。

 真理はまるで林檎をかじるように、早紀の額に歯を立てていたのだから。

 にじみ出る血と、赤黒く内出血する皮膚。

 それでも、歪みなくありつづける印。

 歯を離し、真理はそれを見た。

 命ある限りちぎれない、自分とつながった証。

「忘れるな」

 真理は、早紀の髪から手を離す。

 よろめく身体。

「お前に選択肢はない…勝手に死ぬ権利もない」

 その腕を強引に掴んで、彼はその力ない身体を扉の外へと引きずり出した。

 覚えたことのない意識の熱さが、真理を駆り立てていた。

「生きているのがそんなにいやなら」

 手を離す。

「夢の中にでも、引きこもっていろ」

 扉を、強く閉める。

 それでも。

 自分の右手と、契約の糸は──早紀の気配を消しさることはなかった。