極東4th

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「母……」

 茫然と、伊瀬はその言葉を繰り返した。

 少しの時間の後、彼の瞳に強い意思が戻る。

 その瞳が、じぃっと早紀を見つめた。

 今までも、彼女は見られていた。

 しかし、それとはもっと違う意味の視線だ。

 何もかもを検分するような、強い視線。

「で…君の母は?」

 視線をはずさないまま、ゆっくりと彼は問う。

 答えいかんによっては、早紀は尋問でも受けるのだろうか。

 しかし、そんなことは無意味だ。

「母は死んだそうです…私は会った覚えもありません」

 一体、どれくらいの間、自分が母に育てられたかさえ、早紀には覚えがない。

 自分の記憶が、何の役にも立たないことを伝える。

 写真をもらった時、早紀はそれが自分の母であることさえ、分からなかったのだから。

「そう…か」

 伊瀬は、明らかに落胆したようだった。

 声は、深いため息と共にこぼれ落ちたのだ。

 彼にとっては、手掛かりがぷっつりと切れてしまったに違いない。

 母とは、何という罪作りな魔女だったのか。

 彼女は、二人の人間を不幸にした。

 育ての母である人間は、いまは病で苦しんでいる。

 伊瀬は、盗まれた宝に困っている。

 早紀の中に、その母への愛はない。

 それどころか──いまは、憎しみさえ感じていると言っていいだろう。

 自分の不幸の元凶である魔女。

 早紀には、そう思えて仕方がなかった。

 彼女が、どん底で母を憎んでいる間。

 落胆していた伊瀬の視線が、ゆっくりゆっくりと早紀の顔に焦点を合わせていった。

 気づいた時。

 早紀は、自分の瞳の奥深くまで、彼に貫かれている錯覚を覚えたのだ。

「もしかして…」

 だが、伊瀬の声にあったのは、信じられない驚きを含んだ響きだった。

「もしかして…あれを…使ったのか?」

 視線は早紀に。

 しかし、言葉は──死者に向けられているもののようだった。