極東4th

 ずぶ濡れの鎧が、真理の部屋を濡らす。

 構うこともなく、彼は早紀の中から抜け出た。

 あぁ。

 いまほど、彼女はその喪失感を、痛く感じたことはなかった。

 ほんのわずかの温度も失って、自分がただの抜け殻になってしまう気がしたのだ。

 せめていっそ。

 肉を持たない、この無機質な鎧のままでいられたら。

 しかし、真理の指が額をなぞる。

 ガシャン。

 金属が崩れ落ちるように、早紀を肉の塊に戻してしまう。

 水で湿った床に、彼女は膝をついた。

 そんな早紀を、真理は見下ろしているようだ。

「何故、そんなに過去にこだわる…」

 降り注ぐ視線に乗って、彼はそう聞いた。

 さっきの母の姿が、早紀の脳裏を矢のように貫く。

 だ。

 だって。

 彼女は、自分のおかっぱの頭を、強く両手で掴んだ。

 だって、私には。

「私には……過去しかないもの」

 楽しい記憶も、嬉しい記憶も、あの過去の中にしかない。

 小さな小さな絵本におさまる程度の、短い幸せな思い出。

 その後は。

 ただ生かされ、ただ生き延びていただけ。

 ああ。

 疲れた。

 強い倦怠感と、虚無感に包まれる。

 早紀は、のろのろと立ち上がった。

 のろのろしたまま、真理の部屋を出る。

 そして。

 自分の部屋を、素通りしたのだ。

 そのまま──屋敷を出てしまった。