六月に入って、三日目。
朝から降っていた雨は、放課後になっても止まなかった。
「澄花、ごめん! 今日お母さんが迎えに来るって!」
「うん。気をつけてね」
莉子を見送り、私は昇降口で立ち尽くした。
……傘、忘れた。
朝は小雨だったから、何とかなると思ったのに。
外は、笑えないくらいの土砂降り。
「……走るしかないかな」
鞄を頭に乗せようとした、そのとき。
「小鳥遊さん?」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、瀬名先輩が立っていた。
「何してんの?」
「……雨が止むのを待ってます」
「傘ないの?」
「……はい」
先輩は外を見て、それから自分の手元を見た。
黒い折りたたみ傘。
「じゃあ、一緒に帰る?」
「……え?」
「駅まででしょ? 俺もそっち!」
さらっと言われて、思わず固まる。
「でも、先輩の傘、小さくないですか?」
「大丈夫大丈夫!」
「絶対、肩濡れますよ」
「じゃあ、ちょっとくっつけばいいじゃん」
「…………」
……この人は。
どうしてそういうことを、何でもない顔で言えるんだろう。
*
結局、先輩の傘に入ることになった。
「……狭いですね」
「だから言ったじゃん、くっつけばいいって!」
「言ってません。先輩が勝手に言いました」
「あはは、確かに!」
歩き出してすぐ、私はあることに気づいた。
……あれ。
先輩の右肩、濡れてる。
傘が、明らかに私の方へ傾いていた。
「……先輩」
「ん?」
「傘、そっちに寄せてください」
「えー? 小鳥遊さん濡れるよ?」
「先輩が濡れてます」
「俺は平気!」
「……風邪ひきますよ」
先輩は一瞬黙ってから、ふっと笑った。
「小鳥遊さんって、結構心配性だよね」
「普通です」
「そっか」
そう言って、少しだけ傘を真ん中に戻してくれた。
肩が、ほんの少し近くなる。
……近い。
雨の音が、やけに大きく聞こえた。
*
駅まであと少し、というところで。
「うわっ!」
突然、先輩が足を止めた。
「……どうしました?」
「水たまり!」
見ると、先輩の靴が見事に浸かっていた。
「……ふふっ」
「えっ、笑った!?」
「すみません。先輩、すごい顔してたので」
「だって靴下まで濡れた!」
「小学生みたいですね」
「ひどくない!?」
先輩が笑う。
私も、つられて笑った。
雨の日なんて、嫌いだったのに。
今日は少しだけ、楽しい。
*
駅前の屋根の下に着くと、先輩は傘を畳んだ。
「よし、到着!」
「ありがとうございました」
「どういたしまして!」
先輩の右肩は、やっぱり少し濡れていた。
私は鞄からハンカチを取り出す。
「……これ、使ってください」
「え?」
「肩、濡れてるので」
先輩は驚いた顔をしたあと、ハンカチを受け取った。
「……ありがと」
いつもより静かな声。
「洗って返すね」
「そのままで大丈夫ですよ」
「いや、ちゃんと返したい」
先輩はハンカチを丁寧に畳んだ。
そして、少しだけ笑う。
「……これで、また会う理由できたし」
「……え?」
「なんでもない!」
先輩は慌てたように手を振った。
……珍しい。
先輩が、自分の言葉をごまかすなんて。
「じゃあ、また明日!」
「……はい。また明日」
改札へ向かいながら、私は一度だけ振り返った。
先輩はまだそこにいて、濡れた肩をハンカチで拭いていた。
……あ。
私のハンカチ。
水色の、小さな花柄。
先輩には、全然似合わない。
そう思ったら、また笑ってしまった。
その日の帰り道。
雨は最後まで止まなかった。
けれど私は、初めて。
もう少しだけ、駅までの道が長ければよかったのに。
そんなことを考えていた。
朝から降っていた雨は、放課後になっても止まなかった。
「澄花、ごめん! 今日お母さんが迎えに来るって!」
「うん。気をつけてね」
莉子を見送り、私は昇降口で立ち尽くした。
……傘、忘れた。
朝は小雨だったから、何とかなると思ったのに。
外は、笑えないくらいの土砂降り。
「……走るしかないかな」
鞄を頭に乗せようとした、そのとき。
「小鳥遊さん?」
聞き覚えのある声がした。
振り返ると、瀬名先輩が立っていた。
「何してんの?」
「……雨が止むのを待ってます」
「傘ないの?」
「……はい」
先輩は外を見て、それから自分の手元を見た。
黒い折りたたみ傘。
「じゃあ、一緒に帰る?」
「……え?」
「駅まででしょ? 俺もそっち!」
さらっと言われて、思わず固まる。
「でも、先輩の傘、小さくないですか?」
「大丈夫大丈夫!」
「絶対、肩濡れますよ」
「じゃあ、ちょっとくっつけばいいじゃん」
「…………」
……この人は。
どうしてそういうことを、何でもない顔で言えるんだろう。
*
結局、先輩の傘に入ることになった。
「……狭いですね」
「だから言ったじゃん、くっつけばいいって!」
「言ってません。先輩が勝手に言いました」
「あはは、確かに!」
歩き出してすぐ、私はあることに気づいた。
……あれ。
先輩の右肩、濡れてる。
傘が、明らかに私の方へ傾いていた。
「……先輩」
「ん?」
「傘、そっちに寄せてください」
「えー? 小鳥遊さん濡れるよ?」
「先輩が濡れてます」
「俺は平気!」
「……風邪ひきますよ」
先輩は一瞬黙ってから、ふっと笑った。
「小鳥遊さんって、結構心配性だよね」
「普通です」
「そっか」
そう言って、少しだけ傘を真ん中に戻してくれた。
肩が、ほんの少し近くなる。
……近い。
雨の音が、やけに大きく聞こえた。
*
駅まであと少し、というところで。
「うわっ!」
突然、先輩が足を止めた。
「……どうしました?」
「水たまり!」
見ると、先輩の靴が見事に浸かっていた。
「……ふふっ」
「えっ、笑った!?」
「すみません。先輩、すごい顔してたので」
「だって靴下まで濡れた!」
「小学生みたいですね」
「ひどくない!?」
先輩が笑う。
私も、つられて笑った。
雨の日なんて、嫌いだったのに。
今日は少しだけ、楽しい。
*
駅前の屋根の下に着くと、先輩は傘を畳んだ。
「よし、到着!」
「ありがとうございました」
「どういたしまして!」
先輩の右肩は、やっぱり少し濡れていた。
私は鞄からハンカチを取り出す。
「……これ、使ってください」
「え?」
「肩、濡れてるので」
先輩は驚いた顔をしたあと、ハンカチを受け取った。
「……ありがと」
いつもより静かな声。
「洗って返すね」
「そのままで大丈夫ですよ」
「いや、ちゃんと返したい」
先輩はハンカチを丁寧に畳んだ。
そして、少しだけ笑う。
「……これで、また会う理由できたし」
「……え?」
「なんでもない!」
先輩は慌てたように手を振った。
……珍しい。
先輩が、自分の言葉をごまかすなんて。
「じゃあ、また明日!」
「……はい。また明日」
改札へ向かいながら、私は一度だけ振り返った。
先輩はまだそこにいて、濡れた肩をハンカチで拭いていた。
……あ。
私のハンカチ。
水色の、小さな花柄。
先輩には、全然似合わない。
そう思ったら、また笑ってしまった。
その日の帰り道。
雨は最後まで止まなかった。
けれど私は、初めて。
もう少しだけ、駅までの道が長ければよかったのに。
そんなことを考えていた。
