体育祭の翌日。
「……おはよう」
教室に入ると、莉子がこちらを振り返った。
「澄花、おはよ! 今日の昼、一緒に購買行こ!」
「うん」
いつも通りの朝。
いつも通りの教室。
なのに、廊下から聞こえる笑い声に、つい顔を上げてしまう。
……瀬名先輩じゃない。
何を期待してるんだろう、私。
*
昼休み。
購買でパンを買い、莉子と教室へ戻る途中だった。
「あ、小鳥遊さん!」
聞き慣れた声。
振り向くと、瀬名先輩と相沢先輩が歩いてきた。
「昨日、筋肉痛になってない?」
「……少しだけ」
「俺も! 階段つらくてさ」
「晴臣、お前はしゃぎすぎなんだよ」
相沢先輩が呆れたように笑う。
「だって体育祭だぞ?」
「お前、昨日ずっと小鳥遊さんのこと応援してたもんな」
「……颯太!」
先輩が慌てて相沢先輩の肩をつかんだ。
「え、何? 事実じゃん」
「だからって言うなよ!」
二人のやり取りに、莉子が隣でにやにやしている。
……お願いだから、やめて。
すると、後ろから女子生徒の声が聞こえた。
「ほら、やっぱり仲いいんだ」
「瀬名先輩って、ああいう子がタイプなのかな?」
胸がきゅっと縮んだ。
「……あの」
私は先輩たちに頭を下げた。
「放送の準備があるので、失礼します」
「え? まだ時間あるんじゃ……」
「……すみません」
先輩の返事を待たずに歩き出した。
*
放送室に入ると、私は椅子に座って大きく息を吐いた。
……何やってるんだろう。
先輩は、何も悪くない。
相沢先輩だって、きっと冗談のつもり。
なのに。
みんなに見られるのが、怖かった。
「……小鳥遊さん?」
扉が開いた。
瀬名先輩だった。
「……先輩」
「ごめん。さっき、嫌だった?」
いつもより静かな声。
「……え?」
「颯太が変なこと言ったから」
先輩は困ったように笑った。
「俺、そういうのあんまり気にしないからさ。小鳥遊さんが嫌がってるの、気づかなくて」
……違う。
嫌だったわけじゃない。
むしろ。
嬉しいと思ってしまったから、困ってる。
「……大丈夫です」
「ほんと?」
「はい」
先輩は少し安心したように頷いた。
「よかった」
そして、いつもの調子で笑う。
「じゃあ、今日も放送頑張ってね!」
「……はい」
先輩が扉へ向かう。
その背中を見て、私は思わず口を開いた。
「……先輩」
「ん?」
「……あんまり、私のこと」
言いかけて、止まった。
……何を言おうとしてるんだろう。
先輩は黙って続きを待っている。
「……学校で、大きな声で呼ばないでください」
やっと出てきた言葉は、それだった。
先輩の表情が少し変わった。
「……そっか」
「……すみません」
「ううん。分かった」
先輩は小さく笑った。
「気をつけるね」
そう言って、放送室を出ていった。
*
その日の放課後。
昇降口で靴を履き替えていると、相沢先輩が通りかかった。
「あ、小鳥遊さん」
「……こんにちは」
「晴臣、今日なんか静かだったんだけどさ」
「……え?」
「昼休み、何かあった?」
私は靴を履く手を止めた。
「……別に、何も」
「そっか」
相沢先輩は少し考えてから言った。
「あいつさ、普段は誰にでもあんな感じだけど」
「……はい」
「最近、小鳥遊さんの話、よくするんだよね」
……え?
「今日も放送室行ったとか、何の曲流れてたとか」
相沢先輩は笑った。
「だから俺、ついからかっちゃって。ごめんね」
「……いえ」
「でも、あいつがあんなに楽しそうに誰かの話するの、久しぶりだったからさ」
……久しぶり。
その言葉が、胸に残った。
*
帰り道。
私はスマートフォンを取り出した。
瀬名先輩とのトーク画面。
最後のやり取りは、体育祭の日。
『そっか! また学校で!』
……今日、先輩に言ったこと。
きっと、傷つけた。
私はメッセージを打ち始めた。
『今日はすみませんでした』
……違う。
消して、もう一度。
『先輩と話すのが嫌なわけじゃないです』
そこまで打って、指が止まった。
……じゃあ、何が嫌だったの?
自分でも、まだうまく説明できない。
結局、送信できないまま画面を閉じた。
*
翌朝。
廊下の向こうに、瀬名先輩の姿が見えた。
目が合う。
……あ。
いつもなら。
「小鳥遊さん!」
そう呼んで、こちらへ来てくれるのに。
先輩は少しだけ笑って、小さく手を振った。
そして、そのまま歩いていった。
……言われた通りにしてくれたんだ。
それなのに。
私は、その場に立ち尽くしてしまった。
自分でお願いしたことなのに。
どうして、こんなに寂しいんだろう。
先輩の背中が、廊下の角に消える。
私は初めて思った。
……昨日の言葉、取り消したい。
「……おはよう」
教室に入ると、莉子がこちらを振り返った。
「澄花、おはよ! 今日の昼、一緒に購買行こ!」
「うん」
いつも通りの朝。
いつも通りの教室。
なのに、廊下から聞こえる笑い声に、つい顔を上げてしまう。
……瀬名先輩じゃない。
何を期待してるんだろう、私。
*
昼休み。
購買でパンを買い、莉子と教室へ戻る途中だった。
「あ、小鳥遊さん!」
聞き慣れた声。
振り向くと、瀬名先輩と相沢先輩が歩いてきた。
「昨日、筋肉痛になってない?」
「……少しだけ」
「俺も! 階段つらくてさ」
「晴臣、お前はしゃぎすぎなんだよ」
相沢先輩が呆れたように笑う。
「だって体育祭だぞ?」
「お前、昨日ずっと小鳥遊さんのこと応援してたもんな」
「……颯太!」
先輩が慌てて相沢先輩の肩をつかんだ。
「え、何? 事実じゃん」
「だからって言うなよ!」
二人のやり取りに、莉子が隣でにやにやしている。
……お願いだから、やめて。
すると、後ろから女子生徒の声が聞こえた。
「ほら、やっぱり仲いいんだ」
「瀬名先輩って、ああいう子がタイプなのかな?」
胸がきゅっと縮んだ。
「……あの」
私は先輩たちに頭を下げた。
「放送の準備があるので、失礼します」
「え? まだ時間あるんじゃ……」
「……すみません」
先輩の返事を待たずに歩き出した。
*
放送室に入ると、私は椅子に座って大きく息を吐いた。
……何やってるんだろう。
先輩は、何も悪くない。
相沢先輩だって、きっと冗談のつもり。
なのに。
みんなに見られるのが、怖かった。
「……小鳥遊さん?」
扉が開いた。
瀬名先輩だった。
「……先輩」
「ごめん。さっき、嫌だった?」
いつもより静かな声。
「……え?」
「颯太が変なこと言ったから」
先輩は困ったように笑った。
「俺、そういうのあんまり気にしないからさ。小鳥遊さんが嫌がってるの、気づかなくて」
……違う。
嫌だったわけじゃない。
むしろ。
嬉しいと思ってしまったから、困ってる。
「……大丈夫です」
「ほんと?」
「はい」
先輩は少し安心したように頷いた。
「よかった」
そして、いつもの調子で笑う。
「じゃあ、今日も放送頑張ってね!」
「……はい」
先輩が扉へ向かう。
その背中を見て、私は思わず口を開いた。
「……先輩」
「ん?」
「……あんまり、私のこと」
言いかけて、止まった。
……何を言おうとしてるんだろう。
先輩は黙って続きを待っている。
「……学校で、大きな声で呼ばないでください」
やっと出てきた言葉は、それだった。
先輩の表情が少し変わった。
「……そっか」
「……すみません」
「ううん。分かった」
先輩は小さく笑った。
「気をつけるね」
そう言って、放送室を出ていった。
*
その日の放課後。
昇降口で靴を履き替えていると、相沢先輩が通りかかった。
「あ、小鳥遊さん」
「……こんにちは」
「晴臣、今日なんか静かだったんだけどさ」
「……え?」
「昼休み、何かあった?」
私は靴を履く手を止めた。
「……別に、何も」
「そっか」
相沢先輩は少し考えてから言った。
「あいつさ、普段は誰にでもあんな感じだけど」
「……はい」
「最近、小鳥遊さんの話、よくするんだよね」
……え?
「今日も放送室行ったとか、何の曲流れてたとか」
相沢先輩は笑った。
「だから俺、ついからかっちゃって。ごめんね」
「……いえ」
「でも、あいつがあんなに楽しそうに誰かの話するの、久しぶりだったからさ」
……久しぶり。
その言葉が、胸に残った。
*
帰り道。
私はスマートフォンを取り出した。
瀬名先輩とのトーク画面。
最後のやり取りは、体育祭の日。
『そっか! また学校で!』
……今日、先輩に言ったこと。
きっと、傷つけた。
私はメッセージを打ち始めた。
『今日はすみませんでした』
……違う。
消して、もう一度。
『先輩と話すのが嫌なわけじゃないです』
そこまで打って、指が止まった。
……じゃあ、何が嫌だったの?
自分でも、まだうまく説明できない。
結局、送信できないまま画面を閉じた。
*
翌朝。
廊下の向こうに、瀬名先輩の姿が見えた。
目が合う。
……あ。
いつもなら。
「小鳥遊さん!」
そう呼んで、こちらへ来てくれるのに。
先輩は少しだけ笑って、小さく手を振った。
そして、そのまま歩いていった。
……言われた通りにしてくれたんだ。
それなのに。
私は、その場に立ち尽くしてしまった。
自分でお願いしたことなのに。
どうして、こんなに寂しいんだろう。
先輩の背中が、廊下の角に消える。
私は初めて思った。
……昨日の言葉、取り消したい。
