きみの青春に、私もいたい。

「……絶対に無理」

「お願い、澄花!」

体育祭まで、あと三日。

教室では、莉子が私の机に両手をついていた。

「リレーなんて、小学校以来だよ?」

「大丈夫! 走るだけだから!」

「……それが問題なんだけど」

「アンカーじゃないし! 百メートルだけ!」

百メートル。

……十分長い。

「ね、お願い!」

「……分かったよ」

「やったー!」

莉子が私に抱きつく勢いで喜ぶ。

……そんなに嬉しいことだろうか。

*

体育祭当日。

校庭には、クラスごとのテントが並んでいた。

朝から応援の声が響いている。

「澄花! こっち!」

莉子に呼ばれて振り返ると、三年生のテントの前に見覚えのある人がいた。

「……あ」

瀬名先輩。

白い体育祭Tシャツに、紺色のハーフパンツ。

いつもの制服とも、野球のユニフォームとも違う。

「小鳥遊さん!」

目が合った瞬間、大きく手を振られた。

「今日リレー出るんだって?」

「……どうして知ってるんですか?」

「莉子ちゃんに聞いた!」

「……莉子?」

隣を見ると、莉子が素知らぬ顔で空を見上げていた。

「……あとで話そうね」

「えへへ」

先輩は楽しそうに笑った。

「何走?」

「……第三走者です」

「おっ、じゃあ見に行く!」

「……来なくていいです!」

「なんで!?」

「緊張するので!」

「じゃあ、こっそり応援する!」

「……こっそりの意味、分かってます?」

「分かってるって!」

……絶対に分かってない。

*

午後一時。

二年生のクラス対抗リレーが始まった。

「澄花、頑張って!」

莉子が背中を叩く。

「……うん」

私はバトンを受け取る位置に立った。

心臓がうるさい。

第一走者が走り出す。

第二走者へバトンが渡る。

……次、私だ。

「小鳥遊さーん!!」

突然、聞き覚えのある声が響いた。

……え。

三年生の応援席。

瀬名先輩が、両手を口元に当てていた。

「頑張れー!!」

「……っ!」

こっそりって言ったのに!

周りの生徒が一斉に振り返る。

「え、瀬名先輩?」

「小鳥遊って誰?」

……最悪。

「澄花! バトン!」

「……あっ!」

慌てて前を向く。

差し出されたバトンを受け取り、私は走り出した。

風が頬を通り過ぎる。

足がもつれそうになる。

それでも。

「いけー! 小鳥遊さーん!」

あの声が聞こえた。

……もう!

私は必死で腕を振った。

そして、次の走者へバトンを渡す。

「……はぁ、はぁ……」

走り終えた瞬間、その場にしゃがみ込んだ。

「澄花! お疲れ!」

莉子が駆け寄ってくる。

「すごいじゃん! 一人抜いたよ!」

「……ほんと?」

「ほんと!」

……よかった。

ほっとした、そのとき。

「小鳥遊さん!」

顔を上げると、瀬名先輩が走ってきた。

「めっちゃ速かった!」

「……先輩」

「ん?」

「こっそり応援するって言いましたよね?」

「……あ」

先輩が固まった。

「……つい」

「……つい?」

「頑張ってるの見たら、声出ちゃった」

悪びれずに笑う先輩。

……本当に、この人は。

「でもさ」

先輩は少しだけ声を落とした。

「最後までちゃんと走ってて、かっこよかったよ」

「…………」

今度は、私が黙る番だった。

「……ありがとうございます」

そう答えるのが精いっぱい。

すると、後ろから声がした。

「おーい、晴臣!」

相沢先輩だった。

「お前、次の競技だぞ!」

「あっ、やば!」

瀬名先輩は慌てて振り返った。

「じゃあ、行ってくる!」

「……頑張ってください」

「うん!」

走り出しかけた先輩が、もう一度こちらを向く。

「小鳥遊さん!」

「はい?」

「俺のことも、応援してね!」

そう言って、笑った。

……ずるい。

あんなに大きな声で応援されたら。

私だって、応援しないわけにはいかない。

*

「……ねえ、澄花」

先輩が去ったあと、莉子が私の肩をつついた。

「……何?」

「今の、完全に特別扱いじゃない?」

「……そんなことないよ」

「えー? だって、三年生の女子たち、めっちゃ見てたよ?」

「……え?」

何気なく視線を向ける。

三年生のテントの近くで、数人の女子生徒がこちらを見ていた。

その中には。

以前、廊下で会った篠宮琴葉先輩もいた。

目が合うと、篠宮先輩はいつものように微笑んだ。

けれど。

私はなぜか、その場から動けなかった。

……もしかして。

先輩が私を応援していたこと。

みんなに、知られちゃった……?

胸の奥が、少しだけ落ち着かなくなった。