翌週の水曜日。
「……あれ?」
放課後、放送室の机に見覚えのある紙袋が置かれていた。
中には、小さなレモン味のキャンディー。
そして、一枚のメモ。
『今日の放送もよかった!
瀬名』
「……また来たんだ」
思わず笑ってしまう。
最近、先輩はこうして時々メモを残していく。
曲の感想だったり、どうでもいい報告だったり。
昨日なんて。
『颯太が購買のパン争奪戦に負けました』
……本当に、どうでもいい。
でも、捨てられずにいた。
*
「小鳥遊さん!」
昇降口を出たところで、本人に呼び止められた。
「……先輩」
「今日、一緒に帰れる?」
突然の誘い。
「……練習は?」
「今日は休み!」
「そうなんですね」
「うん。だから、どう?」
私は少し迷ってから頷いた。
「……駅までなら」
「やった!」
先輩は嬉しそうに笑った。
*
帰り道。
六月の夕方は、まだ明るい。
「そういえば、先輩」
「ん?」
「この前、話すって言ってたこと……」
「ああ、進路のこと?」
先輩は少しだけ歩く速度を落とした。
「……うん」
そして、しばらく考えてから口を開く。
「俺さ、大学でも野球続けるか迷ってるんだ」
「……そうなんですか」
「ありがたいことに、声かけてもらってるところはあるんだけど」
先輩は空を見上げた。
「好きだからこそ、簡単に決められなくて」
いつもの冗談はなかった。
私は黙って、隣を歩いた。
「……変だよね。あんなに毎日野球してんのに」
「……変じゃないと思います」
「え?」
「大事なことだから、迷うんじゃないですか?」
先輩は足を止めた。
「……そっか」
それから、小さく笑う。
「小鳥遊さんって、たまにすごいこと言うよね」
「……普通のことです」
「俺には、普通じゃなかった」
その声が優しくて。
私は少しだけ、胸が温かくなった。
*
駅前の横断歩道。
信号が赤に変わった。
「……あのさ、小鳥遊さん」
「はい?」
「夏の大会、見に来てくれる?」
「……私が、ですか?」
「うん」
先輩は少し照れくさそうに笑った。
「この前、球場でアナウンスしてくれたじゃん」
「はい」
「あのとき、すごく嬉しかったんだ」
……嬉しかった?
「だから、今度は観客席から見ててほしいなって」
先輩は私を見た。
「……だめ?」
そんなふうに聞かれたら。
断れるわけがない。
「……行きます」
「ほんと!?」
「はい。予定が合えば、ですけど」
「それで十分!」
先輩の顔が、ぱっと明るくなる。
そして、小指を差し出してきた。
「じゃあ、約束!」
「……また指切りですか?」
「大事な約束だから!」
私は呆れたふりをしながら、小指を絡めた。
「……約束です」
「うん!」
信号が青に変わる。
けれど、先輩はすぐには歩き出さなかった。
「……小鳥遊さん」
「はい?」
「今日、話聞いてくれてありがと」
「……いえ」
「なんか、ちょっと楽になった」
そう言って笑った顔は。
いつもの明るい笑顔とは、少し違っていた。
……ああ。
私、この顔も好きだな。
そう思ってから、慌てて視線をそらした。
*
帰宅後。
莉子からメッセージが届いた。
『体育祭のクラス対抗リレー、澄花も出ることになったよ!』
「……え?」
私は画面を二度見した。
『待って。私、立候補してないんだけど』
『人数足りなくて! お願い!』
……うそでしょ。
さらに、もう一通。
『ちなみに三年生のリレー、瀬名先輩も出るらしい♡』
「…………」
いや。
それは、関係ない。
……関係ない、はず。
私はベッドに倒れ込んだ。
窓の外では、夕暮れの空がゆっくり暗くなっていく。
夏の大会まで、あと少し。
その前に。
どうやら私には、もうひとつ乗り越えなければならない行事ができたらしい。
「……あれ?」
放課後、放送室の机に見覚えのある紙袋が置かれていた。
中には、小さなレモン味のキャンディー。
そして、一枚のメモ。
『今日の放送もよかった!
瀬名』
「……また来たんだ」
思わず笑ってしまう。
最近、先輩はこうして時々メモを残していく。
曲の感想だったり、どうでもいい報告だったり。
昨日なんて。
『颯太が購買のパン争奪戦に負けました』
……本当に、どうでもいい。
でも、捨てられずにいた。
*
「小鳥遊さん!」
昇降口を出たところで、本人に呼び止められた。
「……先輩」
「今日、一緒に帰れる?」
突然の誘い。
「……練習は?」
「今日は休み!」
「そうなんですね」
「うん。だから、どう?」
私は少し迷ってから頷いた。
「……駅までなら」
「やった!」
先輩は嬉しそうに笑った。
*
帰り道。
六月の夕方は、まだ明るい。
「そういえば、先輩」
「ん?」
「この前、話すって言ってたこと……」
「ああ、進路のこと?」
先輩は少しだけ歩く速度を落とした。
「……うん」
そして、しばらく考えてから口を開く。
「俺さ、大学でも野球続けるか迷ってるんだ」
「……そうなんですか」
「ありがたいことに、声かけてもらってるところはあるんだけど」
先輩は空を見上げた。
「好きだからこそ、簡単に決められなくて」
いつもの冗談はなかった。
私は黙って、隣を歩いた。
「……変だよね。あんなに毎日野球してんのに」
「……変じゃないと思います」
「え?」
「大事なことだから、迷うんじゃないですか?」
先輩は足を止めた。
「……そっか」
それから、小さく笑う。
「小鳥遊さんって、たまにすごいこと言うよね」
「……普通のことです」
「俺には、普通じゃなかった」
その声が優しくて。
私は少しだけ、胸が温かくなった。
*
駅前の横断歩道。
信号が赤に変わった。
「……あのさ、小鳥遊さん」
「はい?」
「夏の大会、見に来てくれる?」
「……私が、ですか?」
「うん」
先輩は少し照れくさそうに笑った。
「この前、球場でアナウンスしてくれたじゃん」
「はい」
「あのとき、すごく嬉しかったんだ」
……嬉しかった?
「だから、今度は観客席から見ててほしいなって」
先輩は私を見た。
「……だめ?」
そんなふうに聞かれたら。
断れるわけがない。
「……行きます」
「ほんと!?」
「はい。予定が合えば、ですけど」
「それで十分!」
先輩の顔が、ぱっと明るくなる。
そして、小指を差し出してきた。
「じゃあ、約束!」
「……また指切りですか?」
「大事な約束だから!」
私は呆れたふりをしながら、小指を絡めた。
「……約束です」
「うん!」
信号が青に変わる。
けれど、先輩はすぐには歩き出さなかった。
「……小鳥遊さん」
「はい?」
「今日、話聞いてくれてありがと」
「……いえ」
「なんか、ちょっと楽になった」
そう言って笑った顔は。
いつもの明るい笑顔とは、少し違っていた。
……ああ。
私、この顔も好きだな。
そう思ってから、慌てて視線をそらした。
*
帰宅後。
莉子からメッセージが届いた。
『体育祭のクラス対抗リレー、澄花も出ることになったよ!』
「……え?」
私は画面を二度見した。
『待って。私、立候補してないんだけど』
『人数足りなくて! お願い!』
……うそでしょ。
さらに、もう一通。
『ちなみに三年生のリレー、瀬名先輩も出るらしい♡』
「…………」
いや。
それは、関係ない。
……関係ない、はず。
私はベッドに倒れ込んだ。
窓の外では、夕暮れの空がゆっくり暗くなっていく。
夏の大会まで、あと少し。
その前に。
どうやら私には、もうひとつ乗り越えなければならない行事ができたらしい。
