「ーじゃあ気をつけて帰るように。さようなら!」
先生の言葉を皮切りに、教室中に椅子を引く音が響いた。
バタバタと人が抜けていく様子を私は座ったまま眺めていた。
「詩織、帰らないのー?」
後ろから声がしてゆっくりと振り向くと、明音が立っていた。
「うん。颯星に呼び出されてるから。」
「短縮授業を利用してデートか。いい青春してるねぇ」
「そ、そんなんじゃないって!」
私と颯星は小学生からの単なる幼馴染だ。
颯星を私がどう思っているかはさておき、そのレッテルは続いていて、よくお出かけに誘われる。
……月に一度も誘われなかったらさみしいなんて、2人目の幼馴染兼親友の明音にさえ言えるわけがない。
「今日はどこなの?」
「プラネタリウム。もうすぐ七夕だから限定のショーがあるんだって」
「まったく颯星は生粋の天体バカだなぁ」
まさにその通り。
口を開いたと思えば今はこの星が見えるんだとか、珍しく図書館に行ったと思えば分厚い天文書を抱えている。
まぁ……それが嫌なわけではないけど。
「詩織ー!行こうぜ」
「ほら、ウワサの彼氏さんがお見えだよ。」
「だから違うって!」
口ではそう言いながらも、このハスキーボイスが聞こえると思わず胸が高まる。
思わず席を立って、颯星のもとに駆け寄った。
「あ、明音もいるじゃん。久しぶり!」
私の後ろをついてきたらしい明音を認識したらしく、颯星は目を細めた。
「久しぶり!そういえばクラスが離れてあまり話してなかったねー」
「それなー。最近部活どう?」
「万年補欠の颯星くんとは違って、私は大活躍のアタッカーでーす」
「はぁ!?俺も半年後には大会あるし!」
颯星は陸上部、明音はバレーボール部。
帰宅部の私とは違って、運動部の二人でしか分からない話があるみたい。
「まぁまぁ、怒らないでよ。颯星は今日部活ないの?」
「珍しく鬼コーチが体調不良で部活も休みだってさ」
「あ、そろそろ私部活行かなくちゃ!また話そ!」
「またなー」
一通り話が終わったらしく、明音がダッシュで教室を出ていった。
視界をスライドして、少し上を見上げる。
私と視線が合うなり颯星は「早く行こうぜ」と、歩き出した。
「来週は七夕だから一緒に天の川見るだろ?だったら予習にプラネタリウム見とかないとな!」
「……そうだね」
一緒に、という言葉が嬉しかった。
まだ小さい頃の約束を覚えてくれていたんだ。
「2人で天の川を見る」ということを。
「毎年俺ら、天の川を見ようと一ヶ月前からはしゃいでたよなぁ」
懐かしそうに微笑む横顔は毎日走り回っていた子供の頃のまま。
いつも、今みたいに微笑みながら空を見上げて……。
「詩織?なんか反応してよ」
「あ、ごめん。ちょっと考え事してた。なんか言った?」
「すごく大事なこと!七夕の日の天気予報!」
「え、どうだった!?」
「曇り。降水確率50%。」
「うわ……」
どれだけ私たちは天気に恵まれていないんだと顔をしかめる。
去年は異例の7月に台風が直撃で警報が鳴りやまなかった。
もちろんそんな中外に出られるわけもなく、家でニュースしか点いていないテレビを見ていた。
「それにしても小2の頃から天の川を見ようとして今まで見られたことがないって俺らどれだけ運悪いんだよ」
今度は颯星が顔をしかめた。
「でも今年俺は大吉だったから……」とか、ぶつぶつ言っている。
確かに私も約束をした時は簡単に見られるものだと思っていた。
だから「七夕の日以外は天の川を探さない」なんてルールを作ってしまった。
小学生の頃は夜遅くに出歩くのは危ないと親に諭され、10階建てのマンションの9階に住んでいる颯星の家のベランダから天の川を観察していた。
だけど街の街灯は明るく、夜の7時から1時間半夜空を眺めても天の川は視界に入らなかった。
「あ、今年はてるてる坊主作ってみない?」
「それだ!グットアイデア!なんで今まで気づかなかったんだろう」
我ながらいい案だと思う。
「てるてる坊主って、丸めたティッシュに輪ゴムを巻きつけるだけだよね?」
「そう!簡単だから500個ぐらい余裕で作ろうぜ」
「500個!?」
2人で作るとはいえ、七夕まであと一週間だよ?流石に多すぎない……?
颯星ってば、時々突拍子もないことを言い出すんだから。
そう思ったけど口には出さず、階段を駆け下りた。
「一日40個ぐらいだったら作れるだろ」
「じゃあ、材料はどうするの?ティッシュはまだしも輪ゴム500個なんて、、」
「ああ、それなら美術室で借りるか。確か輪ゴムの箱が10個ぐらい重ねてあった気がする」
……これじゃあ反論できない。
分が悪くなって、自分の下駄箱へ歩いた。
クラスが違う颯星は追いかけてこなかった。
上履きを脱ぎ、通学用の黒いスニーカーを片手で持ち上げる。
少しだけ歩いてすのこに立ち、少し前のところに靴を落とす。
いつも通りハの字に置かれた靴を履くと、颯星が待ってくれていた。
「うわ、眩しい……」
外に出ると青空の真ん中でギラギラと輝く太陽と目があった。
まだ7月になったばかりなのに、平凡な日に限って快晴だ。
「今日は真夏日らしい。ちなみに詩織、真夏日って何度以上かわかる?」
「んー……25度以上だっけ?」
「違いまーす!30度以上でーす!」
お前は理科できないもんな、と明らかに煽った声でそそのかしてくる。
仕返ししようか。
「颯星、こないだの英語のテスト何点だったっけ?教えてくれないかなぁ?」
「そ、それとこれは話が違うから!」
さっきとは真反対、焦った声で反論してくる。
単純すぎて笑ってしまう。
「なに笑ってるんだよ。置いてくぞ」
「ちょっと待ってよ!ていうか、颯星がプラネタリウムまでの道分かるの?」
「わかるに決まってるだろ。こういう時はちゃんと調べるタイプだから」
自分が楽しみなことしか調べないタイプだな。
そう思ったけどお前もそうだろと言われたら言い返す言葉がないので、特別に言わないであげた。
「最寄の駅から電車で1時間」
「え、1時間?そんなに遠かったっけ?」
颯星とプラネタリウムに行くのは今回が初めてな訳では無い。
いつもは30分弱で着く場所に行っていたんだけど……。
「言っただろ、七夕限定のショーを見るって。それをやっているのが今から行くプラネタリウムだけだったんだよ」
「相変わらず七夕大好きだね」
「そりゃあもちろん。前にも言っただろうけど、俺の名前って彦星が由来じゃん?」
そうだった、と頷く。
「俺が生まれた夜は風がなびいていて、天の川がよく見えたらしい」
「なんだかロマンチックだね」
「俺も聞いた時思ったよ。……そういえば詩織の名前の由来って何?」
確かに話したことが無かったかもしれない。
「私は……」
言おうとした瞬間、ビュッと、強い風が吹いた。
どこから飛び散ったのか、目にゴミが入って目をつむる。
「詩織?大丈夫か……って危ない!」
バン、と身体中に強い衝撃が走った。
誰かに突き飛ばされたみたいで、背中と地面が打ち付けられる。
「いった……っ……え?」
顔を上げると1秒前に私たちがいた歩道に、白い車が斜めに衝突していた。
「はや、せ、は?」
「救急車!子供が車に轢かれた!」
私のか細い声は周りにいた大人たちの大声にかき消された。
地面に手をついてゆっくりと立ち上がる。
すると人だかりの合間に、血を流しながら倒れる幼馴染……颯星が見えた。
「はやせ!ねぇ!」
衝動的に颯星の元に駆け寄った。
誰かの止めるような声がした気がするし、聞こえなかったような気もする。
必死に手を握って、彼の名前を呼び続ける。
起きて。一緒にプラネタリウム行こうって言ったじゃん。
天の川だって、まだ見られてないよ……っ。
救急車の音を最後に私の意識は薄れていった。

