雪かきを始めてから20分。
由耀はまず冷蔵庫内にあるものを思い浮かべた。
木綿豆腐、人参、白菜、シメジ、長ネギ。
冷凍した豚の薄切り、小松菜。
使いかけの豆乳もある。
鍋ならシメも必要だ。
ラーメン、うどん、きしめん、そうめん……。しかしどれもしっくりこなかった。
「そうだ、すだち麺にしよう」
由耀は徳島県産のすだち果汁を練り込んだすだち麺を、どういうわけか買っていた。
しかも丁度4人前ある。
由耀はストックからすだち麺を取り出し、裏面の調理法を確認した。
珍しい物好きの由耀にとって、すだち麺は初めて食べる麺だった。
すだちの爽やかな香味をイメージして、口当たりの良いシメになるだろうと期待した。
そんな独自のイメージだけで、すだち麺の採用を決定する。
由耀はチラシの裏に、異世界転生鍋なる料理のプロットを書き込んだ。
第1段階、第2段階、第3段階と変化させる鍋の構造を、スラスラと書き込んでいく。
「最初は何でもないように普通の鍋がいいわね」
「そこから少しずつ変化させたら面白いかしら」
「変化の様子もストーリー風に仕立て上げたら面白いかもしれないわ」
由耀の妄想はどんどん膨らんでいく。
ブツブツと独り言をつぶやきながら、由耀は思い描いた鍋のレシピを完成させる。
――異世界転生鍋。
そう命名した鍋は、果たしてハッピーエンディングを迎えられるのか?
一抹の不安がよぎる。
「良妻賢母を目指すならばここで成功させないと、家族に示しがつかないわ」
そうだ。
ついうっかり最悪な鍋を作って、黒歴史鍋にでもなったら……?
いやいや、子供たちが鍋に恐怖を感じてしまったら……?
夫を、子供たちを巻き込んでしまう可能性に、由耀はわずかに躊躇するも……、その目の奥には隠しきれない好奇の光が灯っていた。
「人生において失敗は誰にでもあることよ。それを恐れていては成功は掴めないわ」
「成功は強く願えば引き寄せることだってできる。……成せば成るのよ」
もはや由耀の口元には不気味な笑みしかない。
我が主の、その無謀なチャレンジ精神は何処からやって来るのだろうか。
さくらはそんなことを考えながら、お気に入りの場所で丸くなった。
「意志あるところに道は開けるもの――あのリンカーンだってそう言っていたわ」
まるで友人が言っていたかのように、偉人の名台詞を告げる由耀。
そうやって自らを鼓舞しなければ、不安に負けてしまうのだ。
由耀は、エプロンを付け、まな板の上で選んだ野菜を切り刻む。
「素敵な創作には素敵な音楽が必要よ。イメージに合わせてっと……」
調理用のタブレットを開き、由耀はドボルザークの「新世界より」の第一楽章を流し始めた。
この曲以上に相応しい曲は無いだろう。
壮大で美しいオーケストラの音色に心躍らせながら、長ネギを、白菜を、人参をタタタンと大雑把な一口大に切断する。
それをアルミのバットに彩りよく並べると、いかにも鍋っぽい。
由耀は次の支度にとりかかった。
「出汁は昆布をメインに、カツオと煮干しを使って、程よく調整するとしましょうか」
これは鍋の核だ。
「異世界転生鍋」の土台を担う第1段階用と第2段階用に作る。
昆布のあっさりとした味わいが、素材の味を引き立てるように――。
途端に先ほどの大雑把さはなりを潜め、由耀は慎重に出汁を取る。
だがその一方で心の中は荒れ狂う海をひたすら進む航海士さながらだった。
由耀の中ではすでに完成形が見え始めている鍋。
しかしその全貌を知るのはまだ由耀だけだった。
由耀はまず冷蔵庫内にあるものを思い浮かべた。
木綿豆腐、人参、白菜、シメジ、長ネギ。
冷凍した豚の薄切り、小松菜。
使いかけの豆乳もある。
鍋ならシメも必要だ。
ラーメン、うどん、きしめん、そうめん……。しかしどれもしっくりこなかった。
「そうだ、すだち麺にしよう」
由耀は徳島県産のすだち果汁を練り込んだすだち麺を、どういうわけか買っていた。
しかも丁度4人前ある。
由耀はストックからすだち麺を取り出し、裏面の調理法を確認した。
珍しい物好きの由耀にとって、すだち麺は初めて食べる麺だった。
すだちの爽やかな香味をイメージして、口当たりの良いシメになるだろうと期待した。
そんな独自のイメージだけで、すだち麺の採用を決定する。
由耀はチラシの裏に、異世界転生鍋なる料理のプロットを書き込んだ。
第1段階、第2段階、第3段階と変化させる鍋の構造を、スラスラと書き込んでいく。
「最初は何でもないように普通の鍋がいいわね」
「そこから少しずつ変化させたら面白いかしら」
「変化の様子もストーリー風に仕立て上げたら面白いかもしれないわ」
由耀の妄想はどんどん膨らんでいく。
ブツブツと独り言をつぶやきながら、由耀は思い描いた鍋のレシピを完成させる。
――異世界転生鍋。
そう命名した鍋は、果たしてハッピーエンディングを迎えられるのか?
一抹の不安がよぎる。
「良妻賢母を目指すならばここで成功させないと、家族に示しがつかないわ」
そうだ。
ついうっかり最悪な鍋を作って、黒歴史鍋にでもなったら……?
いやいや、子供たちが鍋に恐怖を感じてしまったら……?
夫を、子供たちを巻き込んでしまう可能性に、由耀はわずかに躊躇するも……、その目の奥には隠しきれない好奇の光が灯っていた。
「人生において失敗は誰にでもあることよ。それを恐れていては成功は掴めないわ」
「成功は強く願えば引き寄せることだってできる。……成せば成るのよ」
もはや由耀の口元には不気味な笑みしかない。
我が主の、その無謀なチャレンジ精神は何処からやって来るのだろうか。
さくらはそんなことを考えながら、お気に入りの場所で丸くなった。
「意志あるところに道は開けるもの――あのリンカーンだってそう言っていたわ」
まるで友人が言っていたかのように、偉人の名台詞を告げる由耀。
そうやって自らを鼓舞しなければ、不安に負けてしまうのだ。
由耀は、エプロンを付け、まな板の上で選んだ野菜を切り刻む。
「素敵な創作には素敵な音楽が必要よ。イメージに合わせてっと……」
調理用のタブレットを開き、由耀はドボルザークの「新世界より」の第一楽章を流し始めた。
この曲以上に相応しい曲は無いだろう。
壮大で美しいオーケストラの音色に心躍らせながら、長ネギを、白菜を、人参をタタタンと大雑把な一口大に切断する。
それをアルミのバットに彩りよく並べると、いかにも鍋っぽい。
由耀は次の支度にとりかかった。
「出汁は昆布をメインに、カツオと煮干しを使って、程よく調整するとしましょうか」
これは鍋の核だ。
「異世界転生鍋」の土台を担う第1段階用と第2段階用に作る。
昆布のあっさりとした味わいが、素材の味を引き立てるように――。
途端に先ほどの大雑把さはなりを潜め、由耀は慎重に出汁を取る。
だがその一方で心の中は荒れ狂う海をひたすら進む航海士さながらだった。
由耀の中ではすでに完成形が見え始めている鍋。
しかしその全貌を知るのはまだ由耀だけだった。



