夢……また俺は夢をみている……
暗い……そして稲光
石が砕ける、胸が焼ける、椅子が燃え上がる
人が焼ける匂いが鼻につく
繰り返される……何度でも
いままでも……これからも……
続く……
早く……夢から覚めてくれ……早く……
……次の瞬間
胸を焼く熱が、すっと引いた
石が砕ける音も、人が焼ける匂いも、遠くへ薄れていく
代わりに、髪に触れる柔らかな感触があった
暖かい……懐かしい感覚……
窓のカーテンが揺れて暖かい光が射し込んでいる
外からは誰かの笑い声が聞こえる
遠くで馬車が走っていた
俺は何も急ぐ必要はない
仕事も、明日のことも、今は考えなくてよかった
「ハロ」
彼女が俺の髪を撫でる
俺は目を閉じたまま、少しだけ顔を動かした
その手のひらに頬を寄せる
「まだ眠いの?」
「少しだけ」
「じゃあ、もう少し寝てもいいよ」
彼女が笑った気がした
その声を聞いているだけで、俺は安心していられた
目を開けて顔を見たいと思う、だが、まぶたが重い
もう少し、このままでいたい
彼女の指が、ゆっくりと俺の髪をすく
確かに感じる……
そう……
確かに彼女の手が……
彼女の手!?
俺は目を見開いて、その手を掴んだ
「ハロルド?」
違う……声?
視線を上げると、エルザが俺を見下ろしていた
「起きた?」
俺はすぐには答えられなかった
自分がどこにいるのか、分からなかった
確かに掴んだはずの彼女の腕を見る
その腕には赤茶色の斑点があった
エルザはベッドの上に座っている
俺はベッドに倒れ込むようにして眠っていたらしい
俺の身体にはエルザに掛けたはずの毛布が掛けてあった
「俺は……寝ていた?」
そこでようやく、エルザの腕を強く掴んだままだと気づいた
俺は慌てて手を離す
「ごめん、痛かったろ」
「ううん、心配いらないよ。 ハロルドは大丈夫?」
「え?」
エルザは心配そうに俺の顔を覗き込んだ
そして手を伸ばして俺の頬をさすった
「泣いてたから」
窓からは朝の光が差し込んでカーテンが揺れた
そうだ……いつもの夢をみて……
でも、途中からこの暖かさが……
俺は自分の頭を触った
「ひょっとして……撫でてくれてた?」
「う、うん……ごめん勝手に。 でも、辛そうだったから、少しでも、何かしてあげたくて」
俺はエルザに小さく笑いかける
「俺が心配されてちゃ駄目だよな。 君が大変な時に……」
エルザはベッドの隅に寄ってスペースを空けた
「もう少し寝てもいいよ」
その言葉にはっとして、俺は彼女の顔を見た
夢の中で聞いていた声とは違う……いや……同じ?
あれ……? どんな声だったっけ……
さっきまで、俺はほんの少しの間だけ、安心して眠っていた
そんなことは、あれ以来……
「ありがとう……」
エルザは少し笑って首を傾げた
「え? なにが?」
俺は顔をこすりながら立ち上がった
「水を持ってくるよ。 それから食事をして、また治療を続けよう」
エルザが慌てたように手を伸ばしたが、俺の手には届かなかった
「ハロルド、もう少し休んだら?」
「よく眠れたから大丈夫だよ。 エルザのおかげかもしれないね」
「そうじゃなくて……」
彼女は困ったように俺を見つめている
頬の色は、昨日よりよくなっている
「エルザの具合はどう?」
「私は、いいみたい。 でも、ハロルドは……」
「君がよくなっているなら、よかった。 俺なら心配ない」
エルザは少し俯いて両手を握りしめた
「どうして、そこまでしてくれるの?」
「え?」
「毎日、疲れ果てるまで治療してくれて、食べさせてくれて、身体も拭いてくれて、私のために、仕事まで休んでる」
エルザは自分の腕を見る
「私を助けても、何もいいことなんかないよ」
『奥さんになってくれと言っただろ』
出会った頃なら言えた言葉が今は出てこない
エルザは俺の顔を見た
「私、本当に何も持ってないから、治してもらっても、返せるものなんかないよ」
「そんなことは……ないよ」
胸の傷に置かれた手と、頭を撫でてくれた手を思い出した
何も返せないなんてことはない
だからこそ、約束を理由にエルザを奥さんにするとは、もう言えなかった
彼女の不幸につけ込むようで……反吐が出る
「俺は……ずっと結婚相手を探していたんだ」
「うん、長く探してたんだよね」
「家族が欲しかったんだ。 誰かと同じ家に住んで、一緒に食べたり、話したりして、そういう暮らしをしてみたかった」
俺は寝室を見回した
椅子には、エルザの着替えがある
窓の横には、使ったタオルが掛かっている
水差しのそばに、昨日彼女が使ったコップが置いてある
今までの、この部屋とは違っていた
「エルザを見つけた時にね、君なら……俺の家族になるしかないだろうと思ったんだ」
エルザは黙って俺の話を聞いている
「だから、奥さんになってくれるなら助けるなんて言った。 返事をするだけでも、やっとだった君に」
俺は顔を伏せた
「断れるわけがないのにね。 卑怯なことをしたよ」
エルザが口を開いた
「でも…… ハロルドは、助けてくれたよ」
「それとこれは、別のことだよ」
俺は彼女を見た
「エルザ…… もう、俺と結婚してくれなくていい」
「え……」
エルザは困ったような顔になって目が潤んだ
俺は慌てて続ける
「追い出すなんて意味じゃないよ。 一度助けると決めたんだから、最後まで治療する。 エルザが元気になって、これからどう暮らすか決まるまでは、面倒をみる。 約束するよ」
彼女は涙を目にためたまま俺を見つめている
「君には、そのあとの人生があるんだ。 俺に助けてもらったからって、ここにいなきゃいけないと、思ってほしくないんだ」
そのあとの人生が……エルザには、ある
だったら俺は、そのためにできることをすればいいんだ
エルザを助けて、きちんとした生活ができるようにしてやれば
もう俺だって、迷う必要がなくなるんだ
それでいい
エルザは俯いたまま、しばらく何も言わなかった
その間、俺は落ち着かない気持ちでエルザを見る
そして、ついに俺は我慢できなくなった
「エ、エルザ?」
エルザはゆっくりと顔をあげて俺を見つめた
「私が、決めていいの?」
「ああ、仕事でも、住むところでも、君がどうしたいのか、考えてくれればいい。 俺にできることなら、手伝うと約束する」
「結婚も?」
「もちろん、エルザが好きになった人とすればいいんだよ」
彼女は少し考えてから聞いた
「ハロルドは……私との約束を守ってくれる?」
「守るよ」
エルザは俺の顔をじっと見た
それから、小さく頷いた
「分かった」
俺は少しだけ息を吐いた、ちゃんと話せたのだろうか
まだ病気の治療が終わっていないのに、不安にさせるようなことを言ってしまったかもしれない
でもいずれは話さなければならないことだ
「まだ体調が悪いのに、こんな話をしてごめんね」
俺がそう言うと、彼女は首を振った
「謝らないで。 謝られたら……困る……」
「ああ、分かった。 水を持ってくるね」
俺はキッチンに入り、エルザの飲み水を作るために鍋を火にかけた
湯が沸くのを待ちながら、鍋を見つめる
これでいい……
これでいいはずだ……
俺は首を振った
今はエルザの治療のことだけを考えよう
暗い……そして稲光
石が砕ける、胸が焼ける、椅子が燃え上がる
人が焼ける匂いが鼻につく
繰り返される……何度でも
いままでも……これからも……
続く……
早く……夢から覚めてくれ……早く……
……次の瞬間
胸を焼く熱が、すっと引いた
石が砕ける音も、人が焼ける匂いも、遠くへ薄れていく
代わりに、髪に触れる柔らかな感触があった
暖かい……懐かしい感覚……
窓のカーテンが揺れて暖かい光が射し込んでいる
外からは誰かの笑い声が聞こえる
遠くで馬車が走っていた
俺は何も急ぐ必要はない
仕事も、明日のことも、今は考えなくてよかった
「ハロ」
彼女が俺の髪を撫でる
俺は目を閉じたまま、少しだけ顔を動かした
その手のひらに頬を寄せる
「まだ眠いの?」
「少しだけ」
「じゃあ、もう少し寝てもいいよ」
彼女が笑った気がした
その声を聞いているだけで、俺は安心していられた
目を開けて顔を見たいと思う、だが、まぶたが重い
もう少し、このままでいたい
彼女の指が、ゆっくりと俺の髪をすく
確かに感じる……
そう……
確かに彼女の手が……
彼女の手!?
俺は目を見開いて、その手を掴んだ
「ハロルド?」
違う……声?
視線を上げると、エルザが俺を見下ろしていた
「起きた?」
俺はすぐには答えられなかった
自分がどこにいるのか、分からなかった
確かに掴んだはずの彼女の腕を見る
その腕には赤茶色の斑点があった
エルザはベッドの上に座っている
俺はベッドに倒れ込むようにして眠っていたらしい
俺の身体にはエルザに掛けたはずの毛布が掛けてあった
「俺は……寝ていた?」
そこでようやく、エルザの腕を強く掴んだままだと気づいた
俺は慌てて手を離す
「ごめん、痛かったろ」
「ううん、心配いらないよ。 ハロルドは大丈夫?」
「え?」
エルザは心配そうに俺の顔を覗き込んだ
そして手を伸ばして俺の頬をさすった
「泣いてたから」
窓からは朝の光が差し込んでカーテンが揺れた
そうだ……いつもの夢をみて……
でも、途中からこの暖かさが……
俺は自分の頭を触った
「ひょっとして……撫でてくれてた?」
「う、うん……ごめん勝手に。 でも、辛そうだったから、少しでも、何かしてあげたくて」
俺はエルザに小さく笑いかける
「俺が心配されてちゃ駄目だよな。 君が大変な時に……」
エルザはベッドの隅に寄ってスペースを空けた
「もう少し寝てもいいよ」
その言葉にはっとして、俺は彼女の顔を見た
夢の中で聞いていた声とは違う……いや……同じ?
あれ……? どんな声だったっけ……
さっきまで、俺はほんの少しの間だけ、安心して眠っていた
そんなことは、あれ以来……
「ありがとう……」
エルザは少し笑って首を傾げた
「え? なにが?」
俺は顔をこすりながら立ち上がった
「水を持ってくるよ。 それから食事をして、また治療を続けよう」
エルザが慌てたように手を伸ばしたが、俺の手には届かなかった
「ハロルド、もう少し休んだら?」
「よく眠れたから大丈夫だよ。 エルザのおかげかもしれないね」
「そうじゃなくて……」
彼女は困ったように俺を見つめている
頬の色は、昨日よりよくなっている
「エルザの具合はどう?」
「私は、いいみたい。 でも、ハロルドは……」
「君がよくなっているなら、よかった。 俺なら心配ない」
エルザは少し俯いて両手を握りしめた
「どうして、そこまでしてくれるの?」
「え?」
「毎日、疲れ果てるまで治療してくれて、食べさせてくれて、身体も拭いてくれて、私のために、仕事まで休んでる」
エルザは自分の腕を見る
「私を助けても、何もいいことなんかないよ」
『奥さんになってくれと言っただろ』
出会った頃なら言えた言葉が今は出てこない
エルザは俺の顔を見た
「私、本当に何も持ってないから、治してもらっても、返せるものなんかないよ」
「そんなことは……ないよ」
胸の傷に置かれた手と、頭を撫でてくれた手を思い出した
何も返せないなんてことはない
だからこそ、約束を理由にエルザを奥さんにするとは、もう言えなかった
彼女の不幸につけ込むようで……反吐が出る
「俺は……ずっと結婚相手を探していたんだ」
「うん、長く探してたんだよね」
「家族が欲しかったんだ。 誰かと同じ家に住んで、一緒に食べたり、話したりして、そういう暮らしをしてみたかった」
俺は寝室を見回した
椅子には、エルザの着替えがある
窓の横には、使ったタオルが掛かっている
水差しのそばに、昨日彼女が使ったコップが置いてある
今までの、この部屋とは違っていた
「エルザを見つけた時にね、君なら……俺の家族になるしかないだろうと思ったんだ」
エルザは黙って俺の話を聞いている
「だから、奥さんになってくれるなら助けるなんて言った。 返事をするだけでも、やっとだった君に」
俺は顔を伏せた
「断れるわけがないのにね。 卑怯なことをしたよ」
エルザが口を開いた
「でも…… ハロルドは、助けてくれたよ」
「それとこれは、別のことだよ」
俺は彼女を見た
「エルザ…… もう、俺と結婚してくれなくていい」
「え……」
エルザは困ったような顔になって目が潤んだ
俺は慌てて続ける
「追い出すなんて意味じゃないよ。 一度助けると決めたんだから、最後まで治療する。 エルザが元気になって、これからどう暮らすか決まるまでは、面倒をみる。 約束するよ」
彼女は涙を目にためたまま俺を見つめている
「君には、そのあとの人生があるんだ。 俺に助けてもらったからって、ここにいなきゃいけないと、思ってほしくないんだ」
そのあとの人生が……エルザには、ある
だったら俺は、そのためにできることをすればいいんだ
エルザを助けて、きちんとした生活ができるようにしてやれば
もう俺だって、迷う必要がなくなるんだ
それでいい
エルザは俯いたまま、しばらく何も言わなかった
その間、俺は落ち着かない気持ちでエルザを見る
そして、ついに俺は我慢できなくなった
「エ、エルザ?」
エルザはゆっくりと顔をあげて俺を見つめた
「私が、決めていいの?」
「ああ、仕事でも、住むところでも、君がどうしたいのか、考えてくれればいい。 俺にできることなら、手伝うと約束する」
「結婚も?」
「もちろん、エルザが好きになった人とすればいいんだよ」
彼女は少し考えてから聞いた
「ハロルドは……私との約束を守ってくれる?」
「守るよ」
エルザは俺の顔をじっと見た
それから、小さく頷いた
「分かった」
俺は少しだけ息を吐いた、ちゃんと話せたのだろうか
まだ病気の治療が終わっていないのに、不安にさせるようなことを言ってしまったかもしれない
でもいずれは話さなければならないことだ
「まだ体調が悪いのに、こんな話をしてごめんね」
俺がそう言うと、彼女は首を振った
「謝らないで。 謝られたら……困る……」
「ああ、分かった。 水を持ってくるね」
俺はキッチンに入り、エルザの飲み水を作るために鍋を火にかけた
湯が沸くのを待ちながら、鍋を見つめる
これでいい……
これでいいはずだ……
俺は首を振った
今はエルザの治療のことだけを考えよう


