幸せの苦痛

今、あの三年間を振り返っても、すべてを笑って話せるわけではない。
思い出すと苦しくなることもある。
どうしてあんなことが起きたのだろうと、考えてしまうこともある。
あのとき、もっと違う言葉を選べていたら。
あのとき、誰かに相談できていたら。
そんな後悔が、完全になくなったわけではない。
でも、僕はもう、あの三年間を苦しいだけの時間だったとは思わない。
友達と笑った。
仲間と努力した。
大会で結果を残した。
体育祭で走った。
誰かを好きになった。
好きな人に大切にしてもらった。
そして、自分の未熟さを知った。
人の言葉が持つ力を知った。
自分一人では抱えきれない苦しさがあることも知った。
あの三年間で、僕はいろいろなことを経験した。
そのすべてが、今の僕に繋がっている。
美桜と過ごした時間も、忘れたくない。
彼女が僕の頭を撫でてくれたこと。
僕の甘えを受け止めてくれたこと。
一緒に笑ってくれたこと。
別れたあとも、友達として話せるようになったこと。
それらは、過去になったからといって、価値を失うものではない。
僕たちは、ずっと一緒にいられるわけではなかった。
でも、一緒にいた時間は確かに存在した。
それだけは、誰にも否定できない。
人との関係は、いつまでも同じ形ではいられない。
仲良くなった人と離れることもある。
大切な人と別れることもある。
自分の言葉で、誰かを傷つけてしまうこともある。
それでも、僕は人と関わることをやめたくない。
誰かと笑い合う時間が好きだから。
誰かの優しさに救われる瞬間を知っているから。
自分も、誰かに優しくできる人でありたいと思うから。
中学校生活は、僕に幸せを教えてくれた。
同時に、幸せには痛みが伴うことも教えてくれた。
大切に思うから、失うことが怖い。
楽しかったから、終わることが寂しい。
優しくしてもらったから、その温かさが心に残る。
それは、きっと弱さだけではない。
誰かを大切に思った証でもあるのだと思う。
だから僕は、あの頃の自分を、もう責めたくない。
失敗したことも、傷ついたことも、うまくできなかったことも。
すべてを正しかったと言うつもりはない。
でも、あのときの僕は、あのときなりに必死だった。
人と仲良くなりたかった。
誰かを大切にしたかった。
自分も大切にされたかった。
ただ、それだけだった。
もし、もう一度中学校生活をやり直せるとしても、きっと同じように笑う日があるだろう。
同じように悩む日もあるだろう。
もしかしたら、違う選択をすることもあるかもしれない。
それでも、あの頃に出会った人たちと、あの頃に感じた幸せを、なかったことにはしたくない。
僕の青春は、きれいな思い出だけではできていない。
痛みも、後悔も、寂しさもある。
それでも、その中には、確かな幸せがあった。
幸せだったから、苦しかった。
苦しかったけれど、幸せだった。
その二つは、どちらか一方だけが本当なのではない。
どちらも、僕が生きた三年間の真実だ。
そして、これから先も。
僕はきっと、誰かと出会い、誰かを大切に思い、ときには傷つきながら生きていく。
それでも、誰かと笑い合える未来を諦めたくない。
だって僕は、今でも人が好きだから。
幸せには、ときどき痛みがある。
それでも僕は、幸せを知ることができてよかったと思う。
それが、僕の中学校生活。
幸せと苦痛が、同じ場所にあった三年間。
そして、僕がこの物語を、
『幸せの苦痛』
と名づけた理由だ。