海沿いの古工場と猫

 翌日は祥子さんから休みが貰え、起きてから何をしようかと悩んだ末、少し贅沢な食材を買おうと卸売市場まで愛車を走らせた。卸売市場では新鮮な魚類が並び、様々な加工品が売られていた。視線を迷わせながら、食材を探しても見当たらず、新鮮なイカを二杯買って帰った。

 家に着いてから、キッチンでイカを捌き、一杯は塩辛にし、タッパーに入れて冷蔵庫に保管した。
 もう一杯は胴をお刺身にして、足はバターで焼き、お皿に盛って他の食事を用意すると、朝定食が出来上がった。目当ての食材ではなかったものの、充分贅沢な食事だと思いながら、箸を進めるうちに、なぜか祥子さんの言葉が浮かんできた。

『唯稀はよく食べるの忘れるんだ』

 昨日までビニール袋を工場に持って行ったけれど、今日はどうしているのだろうと考えたとき、黒瀬さんのことを思い出していた。

 そこで、今朝も定食屋に行っているかもしれない、と軽く首を振ってから、残りの食事を口に運んだ。

 食事の後片付けを済ませ、着替えをしようと小部屋に行き、ワードロープを開けてみると、洋服の少なさが目についた。
 着替えをしてから、市街に行こうと考え、小部屋から居間に向かい、鞄を持って出掛けた。愛車に乗り込んだあとは、携帯のお気に入りのプレイリストを流して、車を走らせて行った。

 国道を進んでいると、上部に案内看板が見えてきて、プレイリストが次の曲へ切り替わった。

 それは、優しいピアノの調べ、いつかのノクターン。

 耳にするうちに、ハンドルを持つ手が熱くなっていた。次第に胸の音が聞こえ、やけに煩い気がした。

 呼吸を整えながら、国道を走り続け、商業施設の看板を目にし、愛車を向かわせて行った。施設に入ってからは併設された各店舗を回り、見つけたファッション店に足を進めた。

 店先には女性コーナーがあって、夏物がたくさん取り揃えられてあり、どれにしようかと悩み始めた。ふと目についたロングTシャツを手にし、着回しが出来そうだと思い、腕に掛けながら、再び足を進めて行った。

 次はスカートかパンツかで悩んでいると、パイプハンガーにボトムスが並んでいるのを見つけた。その中からデニム生地で裾が長めのショートパンツを選び、ふと顔を上げると、男性コーナーが目に入った。

 自然に足が向いて行き、上着のコーナーで立ち止まり、白いTシャツを手にしていた。

 気付いた時には、二種類のサイズを手にしていて、会計に向かって行った。